突き落とされる

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12月になったばかりの昨日の夕方、ユリは会社の応接室にいた。 ユリが勤めていたのは輸入雑貨の小売店で、テナントとして入っている店頭やネット販売を主に扱い、中小企業ながらもながらも業績は良いらしく、応接室のソファやテーブルは質の良いもので揃えられていた。 突然上司に呼ばれ、ソファに座ると目の前の上司の顔はこれでもかというくらいに曇っており、解雇を告げられた。 「その、つまり、人員整理なんだ。」 「一条さんは、この仕事、あまり向いてないように見えたし。」 「申し訳ない。」 この人の髪は、本当にチリチリだな。 と、状況に全く合わない思考がユリの頭を支配する。 向かい合って座って居るその上司の腕には、いつも大きなクリスタルの数珠が巻きついていた。 「それ、魔除か何かですか?」 何故か、ずっと気になっていたことが口をついて出た。 「え?」 困惑した上司の顔。 「いつも大事そうに腕に巻き付きているから、何のためだろうってずっと思ってたんです。」 「つまり私はクビということですね。」 会話が噛み合わない。 そう思われただろう。 ユリが大学を卒業する時は、就職氷河期は終わったと言われていたが、田舎での就職活動には苦労し、ようやく事務職として入社した会社だった。 確かにミスは多かったと自分でも思う。 コミュニケーションも苦手だった。 でも、ワンマンな社長や、その妻のパワハラに長年耐えた結果がこれだ。 ユリは、大きなショックと不安でいっぱいになる一方で、これで解放されるという浮遊感も味わっていた。 突然の解雇なので一ヶ月分の給料は支給するし、失業保険もすぐに貰える。と説明している上司の話を聞きながら、涙がこぼれ落ちないようにするので精一杯だった。 退社すると、町は軒並み電飾で騒々しく輝いていた。 クリスマスや大晦日が近い。 ユリは人々の横を寒さに耐えながら歩いた。 一人ぼっちで。
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