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現実
「久しぶり〜。」
約束した居酒屋の前に現れた紗英は、暖かそうな白のコートを着こなし、髪をきっちりとまとめ、いかにも勤め人帰りの装いで眩しく見えた。
本来なら自分も仕事帰りで、化粧を直し、少しヒールの高いブーツなどで歩いている時間帯だ。
それなのに今の自分は、紺色のコートこそ着ているもののデニムにスノーブーツにほぼノーメイクと、なんとも冴えない出立なのだった。
「夏以来だね。」
ユリは努めて明るく言った。
「うん。ちょっと間が開いたね。取り敢えず中に入ろうか。注文したらゆっくり話聞くよ。」
紗英はいつもと変わらない調子で話し、背筋を伸ばして店内に入っていく。
そして、アルバイトと思われる若い店員に二人であることや喫煙の有無をテキパキと伝え、あっという間に席についた。
通された禁煙席で、渡された熱いおしぼりで手をふきながら、ビールとサラダと焼き物盛り合わせを注文する。
「手慣れてるねー。」
とユリが妙に感心していると
「普通でしょ。」
と紗英がこともなく返してきた。
「何でも聞くよ。でも、辛かったら話さなくてもいいけど。」
「うん。」
紗英は中学からの友達で、何でも話してきた。紗英はどんな話でも、まず最後までじっくり聞き、その後に一緒に面白がったり悲しがったりしてくれた。途中で話を遮ったり、聞いているようで聞いていない友達が多い中で、かなり珍しい存在だった。
今回の経緯も、何も言わずにただ黙って聞いていた。
ユリが、結局チンチクリン上司の数珠が何のために腕についていたのか分からなかったところまで話終わると、紗英は静かに言った。
「今まで勤めてた所はさ、単にユリと仕事が合ってなかったんだよ。相性ってあるからさ。
そんな事もあるって。今は多分落ち込んじゃうと思うけど、引き摺らないようにね。落ち込んでる時間がもったいないよ。なんなら一緒に次の仕事探そうか?」
といつも通り、ユリを優しく励ましてくれる。
言って欲しいことを言ってくれるのだ。だから紗英の周りには、いつも人が集まる。
「で、数珠はさ、何か不安があるからお守りとしてつけてるんじゃない。」
「まるで女子中学生だね。」
とさもおかしそうに、付け足しながら自分の推論で締め、焼き物盛り合わせの皿から焼きつくねを取って頬張る。
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