負けないピッチング

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今日は調子のいい日だ。 投げてみるまで分からない、自慢のタテに大きく割れるカーブも低めに決まってる。 速球も走っている。 でも実は、ほとんどは2球目の少しだけ落ちるフォークで打ち取っている。 芯をはずして、つまらしている。次の回からは4球目にほることにする。 寝がけのウエート・トレが効いてるのか、バッティングも好調だ。脇のしまりがいい。 ヘッドスピードあがって来たと思う。腰も、上手くコマの芯の役目をはたしてる。 この日のために信じられない位、走りこんできた。 鼻だけで呼吸し、平常心で普通に呼吸すると走り込みも楽になった。 それでもしんどなったら、おもいっきりゆっくり深呼吸したりして自分は歩いてるんやと身体をだます。 脳内では爆風スランプのランナーがかかっている。 憧れだった甲子園のマウンド。ここまできて、実際この場に来て思うこと。あの子は、今のおれを見てどう思ってるのか。 次の打者のことよりも、味方の援護が無いことよりも、そんなことばかり考えてしまう。 感情を表に出さない美少女。中学時代の友だちとバンド組んで、たしかドラムを叩いてた彼女。 どこでリズム取ってるのか気になってた。あんまし、体全身使ってドラム叩いてるイメージ湧かんかったし。 外見、立ち振る舞いは大人びていた。2年のときクラス同じになった。おれには興味を示さなかった。 おれの方はズボンのチャックつぶしたぐらい夢中やった。本読みが異常にうまかったことが印象に残ってる。 国語のセンスがあったのか、擬人法の使い方がうまかったように思う。 彼女の横顔を見ては、はっきりした友達になりたいと思ってた。暑中見舞いまでは願わないけど、年賀状ぐらいはほしかった。 あれから1年が経つ。今のおれは君にどう映ってる。君に振り向いてほしくて、野球を1から勉強しなおした。 配球、バッター心理、ウイニングショット。芸能情報にも詳しくなった。月9もチェック入れ出した。 人間性もよくなった。味方のエラーにも「どんまい。こんどカッパ寿司おごってや」といえるようになった。 彼女をオレの唯一の存在と決定づけたもの。文化祭での映画。クレジットに脚本・演出、西野サヤとあった。 演劇部でもないのに、国語のセンスあるからって頼まれたって後で聞いた。素人のおれが見ても完璧のストーリーだった。 ストーリー運びのうまさ、テンポの良さ。巧みな言葉選びが光ってた。寝る暇がなかった。 憧れのプロ選手が完全試合したときの興奮思い出した。 「何を考えてる?」 ベンチに、ぼおーっと座っていたら監督が話しかけてきた。今は8回の裏の味方の攻撃中だ。 スコアは0-0。投手戦となった。向こうの本格派のピッチャーに打ちあぐねている。というよりまだ二安打しかしてない。 しかも、その2安打ともおれだ。 バッティングも落合博満の神主打法を取り入れ、一旦手首を伸ばすことで力まず打てるようになった効果が出ている。 ふと、この監督に誘われた中学の終わり頃を思い出した。初めはこの高校に入学するつもりはなかった。 付属高に決めかかっていたが、共学やし女の子にもてるとか、マネージャーが美人だとか甘い事を言われて入学した。 「エースになったら付き合ってもいいよ」 一つ上のマネージャー。男好きな態度と体。どちらかといえば好みのタイプではないが、 先輩という響きと憧れもプラスで自分の中では悪い気がしなかった。少し盛り上がれた。 2年の春にエースになった。彼女のことがあったが、エースが童貞っていうのはどうかと思って付き合い出した。 舌と舌が絡み合う。乳輪が少し大きかった。でもそれは胸が大きいから不自然でない。挿入したまま寝てしまった。 膣内がすごくあったかいのが分かる。「まだ2人目やから・・」 そんなギャップにまた興奮した。でも好きとは違うと思った。西野さんがいたし。 突然、球場が揺れた。4番バッターの大村がホームランを打った。遂に均衡が破れた。勝ち越した。 得意のボールのちょい下をしばきあげるように打ったみたいだ。 次の回、おれが押さえれば、試合に勝てる。甲子園初勝利だ。肩をほぐしてマウンドに向かった。 西野さんとの絡みは、全部で2回あった。 1度目は調理実習で同じ班になった時だ。ちらし寿司の薄焼き卵を焼くのがおれの担当だった。 その時「えらいうまいこと焼けてるね」といってくれた。 2度目は、水泳大会の男女混合リレー。大人しそうだったが運動は出来た西野さんは、一位でおれにつないでくれた。 水をかきあげる姿に海パンはギリギリのところまで来てた。後2秒遅れてたら、ちんこの毛細血管の80%は内出血起こしてたと思う。 脳内にはB'zのウルトラソウルがかかっていた。声援を力に変えた。 プレッシャーは人を大きくする。 キャッチャーの山本のサインに首を振る。今日、初めてのサインの食い違いだ。すかさず、山本がマウンドに駆け寄って来た。 「あせる気持ちは解る。でも、今、おれたちに必要なのは、あいつから三振を奪うことじゃなくて、この1点を守ることだ」 「OK!! すまん、すまん。気持ちが先行してもうた。」 おれは、春から夏にかけて、負けないピッチングを覚えた。参考書がわりにID野球の神様、野村監督の著書を片っ端から読んだ。そこには、こう書かれていた。 「フルカウントでの勝負こそが野球の醍醐味である。ピッチャー、キャッチャー、バッター。 この3人の思考は次の玉のことでいっぱいである。しかし、ここで勝ちを取りたいなら、グランドをもう一度見直せ。 ストライクゾーンだけがアウトゾーンではない。グランドには7人もアウトを取ってくれる味方がいる」 外角にフォークを2球つづけてなげて、カウントは2、3のフルカウント。 今日の決め玉はフォーク。相手の打者もよくわかってる。 「2アウト、2アウト!! ラスト一球、しまっていこー!」 おれは振り返ると、人さし指と小指だけをたてて、お得意の笑顔を振りまいて声を出した。みんなも笑顔で答えてくる。 さっき、ホームラン打った大村なんか、泣きそうになりながら、鼻水たらしてわらってる。 一塁アルプスの方を見た。学校をあげて応援してくれるみんなを少し見て力をもらおうとした。 メガホンを両手でにぎり締め、祈るように必死で声援を送ってくれてる中に、なんと西野さんの姿があった。 ダイレクトに飛び込んできた。 気合いは入った。焦りもない。今日一番の集中力だ。 キャッチャーの山本のサインはカーブ。なにも考えず、ただうなずいた。 深呼吸をひとつ。 無心で投げた。 「ストライク、バッターアウト!ゲームセット!」 主審の声が高らかに鳴り響く。山本が満面の笑みでマウンドにかけよってくる。監督も目に涙を浮かべて部長と抱き合ってる。 監督自身も甲子園初勝利だった。全身が痺れた。アルプスでも歓喜の声が上がっている。優勝候補筆頭を倒す番狂わせだ。 負けないピッチングをすれば、自ずといい試合になる。感動を与えることができる。 このときばかりは逆にうちの貧打に感謝した。初め怨んでたクジを引いたキャプテンの山本にも感謝した。 西野さん、あなたに感動を与える事ができただろうか。交際を申し込んでもいいだろうか。 また次ぎもいいピッチングをすれば、認めてくれるのだろうか。 結局、次の試合は0-1で東北のチームに惜敗し、おれの夏は終わった。 その短い夏の終わり、彼女の方から誘いがあった。海へいった。 「ずっと、見てた。いつも、見てた。」 彼女は友だち伝いにオレを体育館裏に呼び出すと、ほほを薄ピンクに染めてそう言った。 彼女のウイニングショットは、胸元えぐる内角ぎりぎりのストレートだった。 3回戦のマウンドには登れなかったが、いま、恋愛というマウンドへの階段を登りはじめた。
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