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……絶句した。これは答えなのか問題なのか。天井近くまで積み上げたトイレットペーパーの塔が、いくつも立ち並んでいる。トイレはトイレットペーパーで覆われていた。烏枢沙摩明王を招く儀式のようだ。僕は狼狽してトイレに近づけなかった。ゆっくりと、封印するかのようにドアを閉じて、手を洗い、森田のところへ向かった。リビングへ行くと、森田は床で胡座をかいていて、待ちくたびれたぞ、という顔をしていた。柏木さんは、卓袱台に顔を埋めて、静かに寝息を立てている。
「森田、あのトイレットペーパーは何なんだ」
「俺は今やってる大学の課題を、同調行動と社会的証明の検証にしてて、その、同調性について調べているんだ」
「言っていることはよく分からないけど、その課題っていうのは」
「つまり、買い占めしていたのは俺ってことさ」
僅かな沈黙。
「なるほど、だからあんなにたくさんのトイレットペーパーの袋を持ち歩いてたわけか」
僕は納得した。今さら、森田の行動を咎める気にはなれない。
「あれ、でもそんな買うお金あるの?」
「人生を順調に楽しく過ごすにはそのくらいのお金はないと」
結構持っているらしい。
「それと、現代に欠かせないSNSを拝借して、情報を広めることで二重効果を生み出した」
森田はポケットからスマホを取り出して、画面を見せてきた。そこには、トイレットペーパー、品薄などの文字が見える、
「そんな風に順調に行っていた計画、だがしかし!」
森田は天を仰いだ。
「昨日の夜、それは崩れた。マッチー、なんだか分かるな」
「昨日っていうと、合コン?」
「そうそれだ。お前が帰ったあと、俺と柏木さんはとてつもなく苦しんだんだ」慌てて柏木さんを見た。何か酷いことをされたのだろうか。
「マッチーが逃げたせいで、お前をいじってたやつらが、今度は俺たちに酒を飲ませにきたんだ。おかげで彼女は疲れであんな深い眠りに、俺もすでに憔悴しきっている。それに昨日は日課であるトイレットペーパーの仕入れができなかったんだよ。だから合コンのあと、俺たちはマッチーを苦しめる方法を考えたんだ。偶然にも今日柏木さんが店でお前と会って事情を聞けば、なんでもトイレットペーパーに苦しんでいるらしい。ちょうどいい、それで復讐は成せたと、俺たちはメールでやりとりして、真相を告げるために、マッチー、お前をここに誘導したってわけだ……」と、森田は力尽きたのか、へなへなと横になった。
「もう眠いや。マッチー、お休み」
森田はそれだけ言うと、寝る体勢に入った。僕は考えた。森田は僕をここまで連れて来させるために、あの重いトイレットペーパーを持って、店の前の交差点を歩き回っていたのだろう。その光景を目にすると、少し笑えた。僕に復讐をして、その真実を教えるために、熱心に付き合ったのだ。あ、と呟いて森田は言う。
「トイレットペーパー、いくつか持ってけよ。もうないんだろ」
僕は頷きながらも横になる。三人で卓袱台を囲いながら寝ている格好になった。
柏木さんを見て、森田を見る。トイレットペーパーのような薄い関係で話していた僕らだったが、多く語り合った今はなんだか、とても特別な存在に思えるのだった。
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