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始まりの時
夜、般若の面をつけた二人の女が月明かりを背に町を見下ろす
屋根の上から飛び降りたその瞬間
二人はほろ酔いの男達の前に立ちはだかる
「橘、この名に聞き覚えは?」
橘千明が紋章の入った剣を突きつける
「なんでそれを」
「てめぇら何もんだ?」
脅えたように後退り男達が問う
「お前らが売った橘の生き残りだよ」
次の瞬間、千明はその場にいるだけで人を殺しそうな殺気で襲いかかる
もう1人の女、朝霧灯華も千明の背を守るよう後ろにまわる
「や、やめてくれ、俺らはただ、金が出るからって」
なんの収穫も得られそうにない
千明は無言で最後の一人の心臓を一突きする
辺り一面業火に包まれる
悲鳴、叫び、誰かの泣き声
横たわる死体の数々
崩れ落ちる屋敷を出たところで
「千明、これを」
父親に刀を手渡される
「お父様?」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしている千明に父親は笑いかける
「お前は、生きてくれ」
「ごめんね千明、幸せになるのよ・・・・・・」
涙を浮かべた母も千明を抱きしめる
「早く、逃げなさい」
厳しい表情を浮かべ母は言う
「灯華、あとは頼んだよ」
千明の父に頼まれた、同じく泣きじゃくる灯華も千明の手を引く
「やだ、嫌だよ」
まだ、泣き叫ぶ千明を半ば引きずる様にして灯華は走る
もう少しで村を出る所で、どうしても後ろを振り返ってしまった
隻眼の冷たい目をした男が血濡れた剣を手にこちらを向く
「所詮、橘とてこんなものか」
変わり果てた両親の姿が目に映る
次の瞬間、千明の中で何かが生まれた
先程、父に託された刀を抜く
憎しみと、怒りで満ちた瞳で剣を一振りするが、男はいとも簡単に避けた
隣に立っていた灯華の頬に血が飛び散る
「ち、あき?」
男の後ろに控えていた敵の姿がない
脅えたように横を向くと、千明は微笑みさえ浮かべている
狂気に塗れ、自我を保てない千明を必死に止めようとするも、いとも簡単に弾かれる
「灯華、邪魔」
冷たい目でそう言い切ると、灯華を振り切って男に剣を向ける
「いくら止めようと無駄なこと」
いつの間にか千明の攻撃を避けた男が灯華の耳元で囁く
「彼女はもう鬼の血に呑まれている」
微かに笑いながら敵を斬る千明を横目で見る
強い意志が灯華の瞳に宿った
「なら、あたしも化け物になればいい」
その言葉に、声を上げて男は笑う
「面白い」
返り血で自身を真っ赤に染め、額に角を生やし、憎しみに満ちた瞳でこちらを見つめる二人の少女を前に男は言った。
「お前達、ついて来る気はあるか?」
暫くして、まだ煙の燻る村を前に二人は正気を取り戻した。
先を行く男の背を前に拳を握りしめる。
これは幕末の世で仲間を亡くし、故郷も無くした二人の鬼の少女の物語
「おい」
灯華から声をかけられて我に返ったように千明は月を見上げる
面を下ろし、憂いを帯びたその横顔は不覚にも美しいとまで感じる
血だらけの刀を一振りして鞘に戻す
「後は、下の者に任せましょう」
何事もなかったかのように平然と答える千明
当然だろう、今夜が初めてのことではないからだ
この数年間で『禊ぎ』と称して、一族を滅ぼすのに加担した者を斬ってきた
なんの感情も持たない、千明の冷たい瞳を見るたびにやるせない思いに駆られる
灯華は思わず刀を持ってない手を強く握りしめた
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