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「ほら、早く行くぞ!」
袴を身につけ高い位置で結われた黒髪を揺らし、女が町を駆ける
「ちょっと、灯華」
手を引かれながら、少し色素の薄い茶髪の女が抗議する
賑やかな声の町をすり抜け、二人は郊外のとある道場へ向かう
「二人とも、よく来た」
二人を暖かく迎えたのは、この道場『試衛館』の道場主の近藤勇
既に、剣の稽古が行われているようで中からは掛け声が聞こえてくる
「存分に稽古しておいで」
「はい」
返事をしながら灯華は、早速木刀を手に中へ向かう
向かった先で灯華は早速3人の男に話しかけられている
「平助!新八さん!左之さん!」
「あれ、灯華じゃん」
人懐っこそうな笑みを浮かべ振り向いたのは藤堂平助
「来るの遅かったな、何も無かったか?」
灯華の頭をクシャっと撫でながら顔を覗き込んだのは原田左之助
「おう、今日は八郎は来てないのか?」
伊庭八郎、ここの門人ではないがよく皆に混じって稽古している
「大方、歳さんと遊んでるんだろ」
「早速だが、やろうぜ!」
人の話など聞いていなかった永倉新八が灯華に木刀を投げる
「あっ、山南さん」
千明は山南を見つけ駆け寄る
「これ、読み終わったから次の本貸して貰える?」
「早いですね」
驚いたようだが優しく千明に笑いかける
山南敬助、仙台藩の脱藩者で北辰一刀流も収めている文武両道の心優しい人物だ
「すぐに渡しますよ、こちらへ」
こうして灯華が剣を振っている間、千明は山南に教えを乞うている
『試衛館』との出会いは今から数ヶ月前、灯華の剣術の武者修行と称してここを訪れたのだ
以来、暇が出来ると顔を出すようになった
灯華の様子を見ようと再び道場の中へ向かう途中、行商人の格好をした男に話しかけられる
「お前来ていたのか」
多少目つきは悪いものの、綺麗な黒髪で整った顔立ちをしたこの男、土方歳三だ。
「灯華がどうしても聞かなかったから」
少し呆れて答える千明に土方は続ける
「仕事帰り?」
土方の抱える薬箱を見て千明は問う
「まぁな」
少し眉間に皺を寄せ土方は応える
本当は仕事の間も惜しんで剣を振るっていたいのだ
その心中を察したかのように千明は続ける
「歳は、凄いと思うよ、きちんと稽古してから帰るの」
気を遣わせたと思ったのか、コツンと千明の頭を叩き、小さく笑うと土方は中へ向かう
「あっ、まって、白粉の匂いがする」
「流石千明ちゃん、鋭いねぇ」
後ろからもう1人の男に声をかけられる
大方、遊郭だ
整った2人が並ぶとさぞや目立っただろう
その香りにふと懐かしい記憶が甦った
悟られないよう、直ぐに訝しげに眉を顰める
「褒めて損した」
「これは、歳さんが誘ったから」
バツが悪そうに伊庭が頭をかく
「全く、ちょっと書を読んでてて気になる所があったの、八郎、後で教えてちょうだい」
それくらいいいわよね?と無言の圧力がかかる
「・・・・・・はい、喜んで」
剣術も優れているが、幼い頃から読書が好きだったのもあり漢学や蘭学に詳しいのだ
そう言うと千明はその場を後にした
「ねぇ、歳さん千明ちゃんに手出せないからって、吉原に誘うの辞めてよね」
「そんなんじゃねーよ」
「ふーん」
「おい」
「後で謝っとくんだよ」
そう言い残すと伊庭は千明の後をおった
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