始まりの時

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「なんで、来ないんだよ」 必ず顔を出てきた千明と灯華が試衛館に来なくなってどれくらい経ったろうか 新八が声を洩らす 「まだ灯華ちゃんと決着着いてないのに」 不服そうに総司が言う 「てか、生きてんのかな」 誰もが思ったであろう事を平助が言う 「おい」 左之が不謹慎だというように肘でつく 素振りをしている斎藤も何処か落ち着かない様子だ 「まぁ、皆さん。悪い報せだけではありませんよ。」 山南が道場へ入ってくる 奇しくもそれは、武士になるという彼らの夢に一歩近づいたものだった。 その夜土方は一人月を見上げる ため息をつくと後ろから声をかけられた 「ため息なんかついちゃってらしくないね」 「八郎か」 「千明ちゃんと灯華が来なくなってもうだいぶ経つね」 「ガキガキ言ってたけど、お前とそんなに変わんねーよな」 「むしろ千明ちゃんの方が俺より歳上」 二十歳そこそこかと思っていたがそれより若いだろう 「まぁ、あいつらは強えから大丈夫だ」 「灯華ちゃんの太刀筋荒っぽいけど綺麗だしね」 「灯華だけじゃねーよ」 土方の瞳の奥が光る 「千明はたぶんもっと強い」 「どういうこと?」 伊庭が怪訝そうに眉を潜めた 初めてあったのは、数人の浪人からあいつが絡まれている時だった 路地へ連れ込まれるのを目にし、面倒だと思いながらも助けようと路地へ足を踏み入れた 一瞬のことだった 女が相手の刀を抜くや否や、峰打ちにする 続けざまに1人、また1人 路地にさす仄かな月明かりに照らされたその姿に心を奪われた 女が唇に指をあて小さく笑った 運命は皮肉だ、突然試衛館を訪れた二人の女 すぐにあの時の女だと分かった 沈黙が2人を包む ある時、灯華の剣を手に肩を震わせている千明を見た 計り知れないほどの大きな何かを背負っているのを感じていた 最後に会った時も、、、 はっきりと千明が何をしていたかは見ていないだが、微かに千明からは血の匂いがした それでも、信じたいと思った 大切なものは失ってから気づく 土方は自嘲気味に笑うと、月明かりに手を伸ばし、そっと降ろす 「そう言えば、山南さんが持ってきた話だが、お前も来るのか?」 「その事だけど、実は講武所の指南役に呼ばれてね」 『講武所』とは、阿部正弘が相次ぐ外国船の来航や近代軍装に危機感を覚え、それに対抗するべく設置した『武芸練習機関』であるとされる 「本当か!?」 土方達と違って伊庭は列記とした武士だ 「その話を受けようと思っている」 「そうか」 「近藤さんには黙ってて」 「分かってる」 近藤も指南役の内定まで漕ぎ着けたのだが、農民であるからという理由で採用されなかった 「生きてたらきっと二人ともまた会える じゃあね、歳さん」 少し悲しげに笑うと伊庭は立ち上がった 「あぁ、お互い頑張うぜ」 俺は俺の道を行こう 覚悟を決めた侍の姿がそこにはあった
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