切株の穴

8/18
前へ
/18ページ
次へ
 水とは違うものを体が欲しがっていた。私は今すぐにでも夏みかんを拾って、喉を潤したかった。けれども私は、その実を前に葛藤していた。 「道に落ちていても、それはその家の人のものだから、もらってはダメなの」  ――小さい頃におばあちゃんから教えられた言葉を思い出したからだ。  私はそれ以来、道端に落ちている果実を見つけたときは、その家の門や玄関脇に置くようにしていた。  ところが、小学2年生のあるとき、転がっている夏みかんを見つけたものの、それをどこに置いていいのかわからないことがあった。というのも、夏みかんの木が植わっている家が3軒連なっていたからだ。  夏みかんが落ちていた場所は、家の群れとは少し離れたところだった。今思うと笑ってしまう話だが、そのときの私は、本当に困っていた。だから、すぐ近くにある交番に夏みかんを届けに急いだのだ。  お巡りさんは最初、びっくりしたような顔をしたが、事情を話すとにっこり笑って頭をなでてくれ、そしてこう言った。 「偉かったね」と。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加