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うさぎは抱っこされるのを嫌がる。チョコも例外ではなく、普段だったら、秒殺で逃げる。なのに、おとなしく悟に抱かれているということは、相当具合が悪いのだろうか。
「チョコ、どうしたの?」
「うん。餌を全然食べなくて、今、身体を触ってみたんだけど、すごく冷えてて…。ママ、今日夕勤だったよね」
「あ、うん」
「午前中病院連れて行ってもらえないかな」
「……」
昼、加賀と会う約束をしてしまったのを思い出す。だが、優先順位がどちらかなんて明らかだ。
「ちょっといい?」
知佳は悟の腕から、チョコを受け取る。確かに体温が低い。それにお腹も張っている。ケージの中の餌は殆ど手つかずのようだし、トイレの中の糞は小さくて少ない。良くない傾向だ。
「わかったわ、朝一で連れてくから、美羽とあなたはちゃんとごはん食べて、お仕事と学校行って」
「ありがとう。やっぱり知佳は頼りになるよ」
悟に褒められて、居心地が悪くなる。褒められるようなことなんて何一つしてない妻なのに。
「ママ、お願いね」
「はいはい」
美羽と悟から託され、知佳は二つ返事をする。
二人が出て行ってから、加賀に連絡を入れた。
「どうした?」
夜勤明の加賀は、すぐに通話に出た。
「今日、会えなくなっちゃった」
「どうした?」
「うん、病院行かなきゃいけなくなっちゃって」
「病院? どこか悪いのか?」
思いがけず、真剣な加賀の声に、つい吹き出してしまう。
「違うの、私じゃなくて、飼ってるうさぎがね、調子悪いみたいで」
理由を言えば、あっさりと「わかった」で通話は終わると予想していたのだが、加賀は意外な程食いついてきた。
「うさぎ? うさぎなんて飼ってるのか」
「学校のおさがりなんだけどね。推定年齢だけど、もう8歳近いから…」
「8歳だと、うさぎなら年寄りなんだ」
「人間の年齢×10倍って言われてるからね」
「なるほど」
「だから…今日は」
会えない。そう続けようとしたのだが。
「病院、家から遠いのか?」
「は?」
「車、出してもいいけど」
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