3 小さな綻び

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「動物はさ、自分であそこが痛い、ここが痛い、って言わないからさ。人間の医者って楽だなって思ったよ。だってちゃんと患者が自己申告してくれるんだぜ?」 確かに動物相手の医療だと飼い主からの情報と、実際の動物の身体を調べての診断。当の本人の意見がないのは、手掛かりなしのクイズを解いているようなものかもしれない。 「だからチョコちゃんは良かったな。大したことなくて」 加賀の目線は知佳が膝に抱いたままのキャリーに向けられた。 「先生のおかげよ」 「先生、やめろって」 くしゃって髪を触られた。じゃあなんて呼べばいいんだろう。加賀さん? 祥裕さん? 「――知佳」 名を呼ばれたのは初めてだった。驚いて顔を上げると、加賀が運転席から身を乗り出してきて、知佳にキスをする。 「また連絡するから」 周囲に人影がないのを確かめてから、知佳はキャリーを抱いて、車を降りる。まだ、心拍数が上がってる。 やめてほしい、こういうの。名前で呼んだり、車の中でキスしたり、他人の家のペットに優しくしてくれたり…。 知佳と加賀の関係は不倫で、単に身体を重ね、欲望を満たし合うだけのもの。そう割り切った方が楽だし、何かあった時の割り切りも早い。 けれど、加賀自身に惹かれ始めている自分に、知佳はとっくに気づいてる。 だめだめだめだめ。家は出られない。家族は捨てられない。 加賀の車を見送って、知佳はとぼとぼと家までの道を歩いた。
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