3 小さな綻び

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「そうなの?」 「3000円ちょっとくらいだったかな、片道。でもいいわよ、お金は」 お互い働いているので、悟と知佳は財布は別々だ。互いに一定の額を出し合って、生活費として、残りは貯金や好きなものに使っている。と言っても、知佳は美羽の衣服代や自分の交際費に消えることが殆どだ。 こういう臨時の出費は大抵悟が出すことになってるから、今夜もそう言ってきてくれたのだろう。 「いいの?」 「うん、チョコはあなたのうさぎってわけじゃないし」 今、こうして会話をしている間も、チョコはすやすや眠っている。年を取ったせいか、この家に来た頃よりも、断然こんな風に眠ってる姿を見かけることが多くなった。 「君は本当に頼りになる妻だよ」 ふいに手放しで褒められて、ずきんと胸が痛くなった。 「やめてよ」 「いや本当に。忙しいのに、家のことはきちんとやってくれてるし、月によっては僕よりも稼いでるしね」 「夜勤があるからよ、看護師は」 平静を装って、会話のラリーを続けるので精一杯だ。心が苦しい。 「滅多に言わないけど、感謝している――本当に」 悟はにっこり笑って、知佳の髪に触れた。先生が子どもによしよしするみたいな撫で方で、悟の触れ方には、色気や欲がない。 「面と向かって言われると照れちゃう」 知佳の髪から離れた悟の手を取って、自分の頬に当てた。 「どうした?」 近頃しない行為をした知佳に、悟は目を瞠った。多分、しよう、と言っても、悟は乗ってこない。 優秀な妻だと褒めてくれても、加賀みたいになりふり構わず求めて抱いてくれたりはしない。 「ううん、何でもない」 知佳は悟から手を離した。 そうだとしても一番大事にしたいのは――きっとこの手なのだ。優先順位を間違ったりしない。
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