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4 約束
夜の9時から入って、次の日の朝9時まで。夜勤の勤務は長時間だし、それに昼間よりはすることがないので、体感時間も長い。入院患者の容体が急変したり、急患が運び込まれたりして、ばたばたする夜もあるが、今日は館内全体が比較的落ち着いている。
たまにはこういう日もありがたいが、しかし、時間が過ぎるのが長い。やっと日付が変わる。今、交代で一人、休憩にでてしまっているから、知佳は一人でナースステーションで待機している。まだ朝までは長い。
手持無沙汰の時間は、知佳につい余計なことを考えさせる。
加賀のことだ。
そもそもどうしてあの夜、加賀は自分を誘ったのか、どうして自分は拒めなかったのか…。
30半ばにして、夫もある身で、まさか自分がこんな大それたことをするとは思っていなかった。未来なんてない。刹那的な付き合い。
――付き合いと呼べるものかどうかもわからないけれど…。
でも、チョコの病院に付き添ってくれた加賀は優しかった。後で考えれば、加賀も医者だから、動物であれ、人間であれ、命を大切にしたかっただけなのかとも思う。それを知佳に向けられた優しさや、愛情だと認識するのは、勘違いも甚だしい――のかもしれない。
けれど、それならそれで、人の家のペットを大切にしてくれた彼には、尊敬の念しかない。
自分に優しくされたと浮かれるにせよ、加賀の人となりに感心したにせよ、結局のところ、根底にあるのは、知佳の加賀と言う男に対する好意があることになる。
――女子高生じゃあるまいし、こんなところで自己分析しててどうなる、っつーの。
恋に恋する年頃なんてとっくに終わってる。今、知佳が足を踏み入れてるのは、まさに泥沼だ。落ちて行ったら、もうきっと出られない。
「あ~~~~」
どうせ誰もいないからと、鬱屈した思いを声に乗せて吐き出した瞬間だった。
「どうしたの、藤枝さん」
ナースステーションのカウンター越しに加賀が立っていた。
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