⋆1smoke⋆

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『先輩!お疲れ様です!すみません、こんな時間に……て言うか、まだ社に残ってたんですね』 『おう、お疲れ。──もうちょい、終わんなくて』  走って来たのか、息を切らしながら俺のデスクまで来た比留間は、長身を折って深々と頭を下げた。  電話の相手は比留間だった。  誰も居ない喫煙室で、半ば持て余し気味になった身体の熱を、いっそトイレに行って吐き出して、スッキリしてしまおうか─と思った矢先の電話だっただけに、俺の頭は一気に冷静さを取り戻した。  何でも、本日最後に訪問したクライアントから、俺が以前手掛けたプロジェクトの詳細を訊ねられて、 それを参考に、今日比留間のチームが持参した企画を部分的に練り直して欲しいと言われたのだが、  再提出の期限が明日の夕方と厳しいノルマを言い渡された上に、俺が残したプロジェクトデータだけでは、当時はまだ入社していなかった比留間には解らない部分もいくつかあり、早急に俺に教えて欲しくて連絡を寄越したのだそうだ。 『──ということは、まだ僕の方の用件で先輩の手を煩わせる余裕はないってことですよね』 『いや、それはもう多分俺しかフォロー出来ないデータだし、期限が明日までなんだったら、今直ぐ教えるよ。─神酒(みき)さん、いっつもむちゃくちゃ言う人だからな……』  神酒さん─というのが比留間が今関わっている仕事のクライアントで、 仕事は出来るが、ひと癖もふた癖もあるオッサンで、以前は俺も随分と絞られたものだった。 『でも神酒さん、先輩のこと凄く褒めてて……一応先輩のデータには目を通してから行ったんですが、新しい企画プランの説明をする度、乃木(のぎ)くんからどう教わって来たんだ、乃木くんには見て貰ったのか、と注意を受けるばかりで……』 『あの人は、新人いじめが大好きなんだよ。でも、直して持って来いと言われたということは、お前という人材や、お前が持って来た企画に期待が持てるし、更に今以上に良いものが出来るかどうかを試したいという気持ちもあるということだろう』 『なるほど……ここで引いてしまうようなら、用無しだと』
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