頭脳戦なるデスゲームのはじまり

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頭脳戦なるデスゲームのはじまり

「今日はここの施設に所属する、特に優秀な18歳を5人集めました。嘘をついたら失格となります。他言無用です」  眼光の鋭い一人の男性教官が、教室のような場所で、5人を前に話を始めた。その教官の話では、嘘をついたらその場で失格となり、最後まで残った1人だけが合格になるというものらしい。いわゆる頭脳戦を仕掛けてきた。ここの施設は孤児で優秀な子供を集めて、国の頭脳力になるような人材を育成する施設となっている。優秀な子供を集めた孤児院というわけだ。 「では、嘘について述べてください。テレパ」  すると、面倒なことに巻き込まれたという表情をしながら、テレパシー能力を使うことができるテレパ少年は模範的な意見を述べた。 「嘘はいけないことだと言われていますが、時として嘘は必要だと思います」 「そのとおりだな。では、着席してかまわない」  指示通り男子生徒は座った。 「次は、ミラア」  物静かそうな真面目な雰囲気の女子だ。 「私は嘘をつく人が理解できません。正直であるべきだと思うのです」 「はい、失格。ミラアは隣の部屋に行きたまえ」 「なぜ? 私、間違ったことを言いましたか?」  少々困惑した表情のミラアは教官に強い口調で質問をした。 「ミラアは、間違ったことを言っています。理解できないということは、ないはずです。嘘も方便という言葉を知っていますよね?」  驚いた表情でミラアは隣の教室に向かった。しかし、その後隣の教室から悲鳴が聞こえたので、皆が慌てて、外に出ようとした。  しかし、教官はそれを制止した。というより、教官の変わり果てた姿をみた生徒は、この教師の言うことをきかなければいけないと全員が悟ったからだ。そして、隣の部屋に行ってしまったら、ミラアの二の舞になってしまうということに気づいたからだ。きっと身に危険がふりかかるだろうということだ。変わり果てたモンスターの姿の教官に普通の人間が勝つことは不可能だ。それくらい誰でもわかることである。 「いい子だね。私の言うことに逆らわなければ、ちゃんといつも通り生活できるのだから、賢い選択をするべきだよ。時間はそんなにかからないと思うよ。きっとミラアも大丈夫だよ」  目の前の変わり果てた姿の教官が言う。先程まで普通の人間だったシルバー教官が人間ではないモンスターに姿を変えたという事実。その姿を見た全員が恐れをなしたが、誰かに助けを求めることもできず、みんな怯えていた。どうしようもない鳥かごの中の鳥のような状態になっていた。でも、彼らは優秀な頭脳の集団だ。この難解な問題を頭脳力で切り抜けることは得意だ。  しかし、ミラアのように一言の失言が失敗を招くだろう。ミラアは一番優秀でおとなしい女性だが、彼女の模範的な意見があだとなったのだろうか? いつもの彼女らしくない最悪の結果に皆が驚きを隠せないでいた。  1番優秀な彼女が失格となった今、どうやって全員が助かるか? この課題に勝ち、逃げ切ることが4人の目的となっていた。そして、目の前の化け物をどう退治すればいいのかということも脳力で計算していた。しかし、こういった危険な緊迫した場面はもちろん全員が初めてで、どうやってもいい考えは、浮かびそうになかった。 「ではメカニックは嘘をついたことはあるかな?」  モンスター化した教官が先程よりもより低く不気味な声でメカマニア少年であるメカニックに頭脳戦を仕掛けてくる。 「嘘をついたことはあります。誰しも嘘をつかずに生きることはできないでしょう」 「そのとおりですね、では、ブッキーナは今の授業は楽しいですか?」  今度はモンスター教官が、角度を変えておしゃれ女子のブッキーナに質問をしてきた。 「楽しくありません。仲間の安否が不明なのですから。早く解放してください」 「正直でいいですね」 「では、私のようなモンスターはこの国にたくさんいると思いますか? マジュン」  マジュンは一番ヤンチャな野生児という風貌だ。ツンツン立ち上げた髪の毛に色黒でいつもタンクトップといういでたちだ。 「いたら困るな、だからいないと思いたい」 「そうですね、あなたは正直者だ。あなたたちは外の世界を知らないでしょうが、残念ながら、ここの外には私のようなモンスターが沢山いるのです」 「モンスターが支配する社会なのか? 実際、俺たちは外に出たことがない」  マジュンは外の社会に一番希望を持っていたので、今ここで確かめておきたいと思っていた。外に出れば楽しい世界が待っていると信じていたからだ。それは、皆も同じだ。 「はい、ここは厳重なセキュリティーで守られていましたが、我々が侵入して人間を殺しました」 「なぜ、すぐ殺さずこんなテストをするんだ?」  マジュンは今にも戦闘態勢に入ろうとしていた。マジュンには魔法能力があり、物を遠隔操作できる。つまり、座りながらでもナイフや斧をモンスターにぶつけることができるということだ。 「我々は頭脳力の高い人間が欲しいのだ。今までこの学園でおかしいと感じたことはなかったか? ブッキーナ」  おしゃれ女子ブッキーナは武器を他の仲間に渡すタイミングを見計らっていた。しかし、魔法能力はないので、何もできずに手に握り締めていた。みんな、臨戦態勢にはなっているのだが、相手の力を測ることもできず、そのまま授業を続行するしかない。そんな恐怖の授業はいつ終わるのかもわからない先の見えない頭脳戦となっていた。 「おかしいと思ったことなんてないです」 「それが本当ならば君は脳力が低いね、失格だ」  ブッキーナの返答にモンスターは見下しあざ笑うように指をさす。 「嘘はついていない!! だから失格ではない」  ブッキーナはムキになり抵抗した。 「そうだな、嘘はついていないけれど、私たちがほしい人材じゃないんだよ。この中の皆に聞くが、今まで卒業生がどこに就職したとか進学したとかそういった情報を知っているか?」 「この国で一番難しい大学にほとんどは進学しているし、国の機関に就職している人もいるときいている」  メカニックが慎重に意見を述べた。 「それは、本当だと確認したのか? 実際に大学や就職先で活躍している姿を見た事があるのか?」    皆が一堂に息をのんだ。真実をモンスターに突かれたからだ。実際卒業生の活躍する姿を自分の目で見たことはないからだ。卒業生が訪ねてきたこともない。 「ない」  テレパは静かに答える。たしかに、耳で聞いたことはあっても実際目で見ることはできないのだ。外出が禁止されているのだから。 「では、君たちの親はどこにいるのだ?」  モンスターが落ち着いた物腰で、ゆっくり質問する。 「ここは孤児の集まりだ。実際、親が死んだ子供しかここにはいない」  テレパは声に力を込める。 「おまえたちに本当に親がいたのか? 証拠は?」 「親に会ったことはないけれど、ここに来たのは赤子の頃だったので記憶がない」  メカニックは記憶がない故の自信を隠しきれていなかった。ここにいる全員が生まれてすぐに捨てられたので、親の写真も形見もないのだ。会いたいと言ってきた親はいない。だから、死んでいると思い込んでいたのだ。 「親が死んで拾われたということに対して、おかしいと思ったことはないのか?」 「おかしいと思ったことはない。教官や育ての親となる先生は優しい人ばかり。嘘はつかない」  ブッキーナは先生たちのことが大好きだった。だから、擁護する。 「残念だな。みんな言われたことをそのまま受け入れる無能集団か。では、なぜ特殊能力を持つものばかりがここに集まったのか? 偶然か?」  全員が黙ってしまった。幼児の頃に知能テストで知能指数が高いものを集めたという話は聞いたような気がする。しかし、みんなの親が生んですぐ死んだとか捨てたとかそういったことは考えないようにしていた。あまり積極的に教官たちはその話をしなかった。それは、嫌な記憶で、考えれば考えるほど親を恨み、自己の境遇を悲観してしまうからだ。考えないようにする、蓋をする力は人間ならば当然のことだと思う。 『しかし、なぜここの施設には迎えに来る親が一人もいないのだろう。せめて親戚や親族の誰か一人くらい迎えに来てもおかしくない』  テレパが皆の思考をテレパシーで飛ばす。 『兄弟がいる者はここにいないっていうのも俺たちの共通点だ』  モンスターの発言により、ここにいる全員がはじめて向き合った自己の生い立ちだった。楽しいことだけを見るようにしていたしっぺ返しが来たような気がする。 『もしかしたら、外の世界は人間がほとんど殺されてしまったとか、人間がほとんどいないモンスターの社会なのではないだろうか?』  そのような思考を飛ばすものもいた。皆が沈黙して下を見てうつむく。最悪なことばかりの思考が増幅する。思考能力は人間なのだからプラスにもマイナスにもなる。当たり前のことだ。  沈黙を破り、モンスターが質問をする。 「では私のことは好きですか? マジュン」  マジュンは成績優秀で魔法が使えるのだが、生活態度がヤンチャな男子で少々問題児でもある。だから、思ったことをストレートに発言する。 「嫌いだよ」  ひとこと、正直に答える。 「正直ですが、嫌いと言われると不愉快ですし、あなたの座り方や授業態度が気に食わないので、失格とします」  理不尽な返答にマジュン以外の生徒は、嘘をつかなくても失格になるという傍若無人なモンスターの態度に驚愕した。失格の意味が殺されるのかもしれないという曖昧な理解しかない生徒たちは心の中で戦慄していた。
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