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ドクン、ドクン。
時が止まった世界では自分の鼓動が大きく聞こえる。もう何度も経験してきたことだ。
悲劇は起こる直前で止められた。
あるものはベビーカーへと駆けている。
あるものは惨状から目を背けている。
あるものは気づいていない。
けれど皆、止まっている。
全てが静止した世界で俺だけが動いている。
俺はさっきと同じ速度で歩き、ベビーカーへと近づく。
中の子どもを見る。
自分の不幸を感じさせないその顔はふとい神経を感じさせる笑顔で、手は天をつかもうと目一杯伸ばしている。
ベビーカーを持ち上げて、母親のもとに寄る。
空をつかもうと伸ばされるその母親の手に、しっかりとベビーカーを握らせる。
―――もう大丈夫だぞ。
時が止まった世界では声が出せない。だから視線で子どもに語りかける。
子どもは変わらない笑顔だった。
俺は美沙の隣へと戻り、先ほどと同じように願う。
―――動け。
キィィ――――!
まず聞こえたのは大きなブレーキ音。そして次は…
「聞いてるの? キヨ」という美沙の問であった。
「聞いているよ。体育バレーなんだろ、スマッシュ楽しみにしてる」
僕らは信号が青に変わった横断歩道を渡り、驚きに包まれている空間から、学校へと向かった。
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