【僕の名前を呼んで】

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*** 主は自身をサバトと名乗った。 サバトは領主で、町はずれの大きな屋敷に住んでいた。屋敷にはサバト以外に多くの召使いや執事たちがいて、皆サバトを慕っていた。 僕は屋敷の東の一部屋を与えられ、しばらくはそこで療養するように命じられた。そして決してこの部屋から出てはいけないと約束した。 領主というのは普段一体何をしているのか僕にはよくわからなかったが、きっとすごく忙しい仕事なのだということはサバトの疲れた顔から見て取れた。疲れているのなら眠ればいいのに、そう思うがサバトは毎日三度の食事時に僕の部屋へ訪れては共に食事をとった。 僕は商人に自分の真名を売った。そうすれば親の借金を少しだが軽くできると商人に言われたから。しかし後から「真名つきの奴隷」はより高く売ることができるのだと知った。商人が自分を解放するつもりがないことを理解したが、もはやどうしようもなかった。 サバトは僕を商人から買ったとき、僕の真名も同時に知っているはずだ。しかしサバトは僕の真名を呼ぶことはなかった。サバトはいつも僕を仮名であるネロと呼ぶ。 僕はサバトをご主人様、と呼んだ。「サバトでいいのに」、そう言って笑う彼は少し寂しそうに見えた。 三か月がたち、僕は部屋の外に出たいと思うようになった。 ここにきて僕はサバト以外の人に会ったことがない。食事を持ってくるのも下げるのもサバトがするし、僕の部屋には召使いや執事がきたことがない。挨拶がしておきたいとも思うし、何より買われたはずの自分が何もしないというのもなんだか罪悪感があった。サバトのために何かしたいと思った。 僕はそっと部屋を抜け出した。屋敷は元居た部屋に戻れなくなりそうなほど広かった。 「ネロ様」 後ろから名を呼ばれ肩が上がる。 黒服に身を包んだ老紳士。僕はあわあわと口ごもる。 「ご挨拶遅れ申し訳ございません、私この屋敷の執事セバスと申します。どうぞお見知りおきを」 深々と頭を下げられ、恐縮してしまう。 「して、ネロ様、どうしてこのような場所に?」 黙って部屋を出てきた手前、僕は返答に困ってしまう。今更になって怒られるのではないかと後ずさる。とん、と誰かにぶつかって僕は恐る恐る後ろを振り返った。 「ネロ、どうしてここにいるの?」 サバトの笑顔が直視できない。怒っているのだろうか。捨てられたらどうしよう。そんな考えがぐるぐると頭を回る。 「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝罪を繰り返す僕をサバトはひょいっと抱 きかかえると、「あとはよろしくね」そう言ってセバスを振り返る。 「かしこまりました、ロキ様」 僕は思わず謝罪の言葉を紡ぐのを止める。 「ロキ?」 呆然とサバトの顔を見つめれば、彼はそんな僕を見つめ返して子供の様に無邪気に楽しそうな笑顔を浮かべて、僕を抱きかかえる反対の手の人差し指を僕の口もとに押し当てた。 「しっ」 僕はあの日と同じように、ただただサバトに見惚れ、言われるがままに口を閉ざした。
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