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抱きかかえられたまま僕の部屋に入り、扉を閉め、ようやく地面に下ろされる。
混乱していた。謝罪やらなにやらが頭から吹き飛ぶくらいには。
「どういうこと?ロキって何?」
「ロキは僕の仮名だよ」
興奮した僕の声を静めるように再度しいっと唇を押さえられた状態で、サバトは僕の質問に答えた。しかしその答えにますます混乱する。
「なんで、それじゃあサバトっていうのは?」
偽名ってこと?僕の言葉にふるふると首を振る。
「サバトは僕の真名だ」
僕は揶揄われているのか、ただただ唖然とする。真名なわけがない、どうして領主が買われた奴隷に真名を教える。
「嘘だ」
「嘘じゃないよ」
サバトは冗談を言って僕の反応を見て楽しんでいるんだ、そうに違いない。
さすがに世間知らずで無知の僕でも冗談くらいわかるんだから、僕はなかなか種明かしをしないサバトに少し腹が立った。
「じゃあサバト、僕を抱きしめてよ」
僕の「命令」にサバトはくすくすと笑いながら「こんなの命令されなくてもしてあげるよ」と笑ってあっさりと僕を抱きしめる。
楽しそうなサバトの顔にこんな程度ではだめだと思い直す。僕は少し考える。そもそも僕をだまそうとするサバトが悪いのだ、多少の無礼も許されるに違いない。
「じゃあサバト、僕の前に跪いて足を嘗めて」
これはさすがにサバトも「揶揄ってごめん」と謝ってくると思った。なのに、僕の体を抱きしめていたサバトはその腕を離し、なんの躊躇もなく僕の前に跪く。ゆっくりと頭を下げた僕の足にサバトの息がかかった。
「や、やめて、サバト、ごめんなさい」
僕の言葉にぴたりとサバトの動きが止まる。
「どうして?」
サバトはその体制のまま僕を見上げた。僕は「ダメ、絶対ダメ」そう繰り返し首を振る。領主が奴隷の足を嘗めるなんてあってはならない。
僕はサバトを急ぎ立ち上がらせる。
「・・・本当なの?」
ぽつりとつぶやいた僕の言葉にサバトは優しく微笑む。
「僕はネロに嘘なんかつかないよ」
「どうして?」
「君が好きだから」
僕はその言葉に目を見開く。そして次の瞬間涙があふれた。
サバトは一度も僕の真名を呼ばなかった。僕を無理やり従わせようとはしなかった。
ただいつも優しく微笑んだ。今まで知らなかった愛を注ぎ込むように。幸せを優しく教え込むように。
僕に言葉をくれた、笑顔をくれた、愛をくれた、幸せをくれた、この人に僕はどうしたら恩に報いることができるだろう。
「僕も、僕もサバトが好き」
僕の言葉にサバトはいつものように優しく微笑み、僕を抱きしめた。僕はその背に腕を回し、鼻をすすりながら彼に言う。
「僕の名前を呼んで」
彼になら、僕の一生を僕のすべてを捧げてもいい。
優しい大好きな声が僕の名前を呼んだ。
【僕の名前を呼んで 《終》】
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