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一人の魔女の始まりの物語を語ろう。
真剣な表情で本を読む女性がいる。つばの広い三角帽子をかぶった女性。
歳のころは四〇と少しをいった辺りに見える、ようするにオバちゃんだね。
肩まで伸ばした黒に近いグレーの髪、少し太めの眉毛と青い瞳、決して美人ではないが見る人に安心感を与える容姿であった。
女性はまたページをめくった。
「うーん、オバさんも使い魔は欲しいわね」
自分をオバさんというこの女性は『アンジェリカ・アジャルタ』新米魔女である。
つい最近までは普通の主婦であったが夫を早くに亡くし、一人息子も王国の守備隊に志願し自立していた。
暇になったアンジェリカは何か始めようと本を読んでいると、『魔女になる儀式』なるものを偶然に見つけてしまう。そして魔女になるのも面白そう、そんな理由から独学で儀式を行ったところ、適性があったのかこの歳で魔女となった異色の魔女である。
「魔女になったのはいいけど、以前とほぼ何も変わらないのよねー。せめて使い魔でもいれば魔女っぽくみえるものね」
アンジェリカは誰に話しかけるわけでもなく呟いた。
この世界には二種類の魔女がいる。『純種』と呼ばれる原初の魔女の血を継ぐ正統派の魔女と適性を持ち儀式により普通の人間から魔女になる『異種』と呼ばれる魔女がいた。
アンジェリカは後者である異種型の魔女になる。
しかし、この異種も本来はすでに魔女になっている者が、魔女適正を持つ子供を弟子に取り。師である魔女が弟子に対して行う儀式である。
それを独学で自分に儀式を行うなんて、異例中の異例であることをアンジェリカはやってのけたのだった。
「どうせなら、旦那様似のイケメン使い魔がいいわねぇ」
そう呟き頷きながらページをめくっていくアンジェリカ。
アンジェリカが読んでいる本は『使い魔大全』と書かれた魔導書である、近所の古本屋で買ってきた物だ。
「あらあら、やはりイケメンだと悪魔系になってしまうわねぇ。あら、このベルフェゴールて悪魔は旦那様に似てるわね、これを呼び出しましょう」
怠惰の大悪魔ベルフェゴール! 無知とは罪なのか? アンジェリカはよりにもよって大悪魔を使い魔にすべく、儀式に使う道具を調べる。
儀式の内容のページを見て眉を顰めるアンジェリカ、元はただの主婦である彼女には儀式に使う道具や材料に抵抗があるようだった。
「んー、黒猫の死体とか可哀そうよねぇ、この魚の尻尾で代用できないかしら? このケイオスリザードの尻尾って何かしら? この魚の尻尾で代用できないかしら?」
何故か全て魚の尻尾、イワシとサンマの尻尾で代用しようとするアンジェリカ。流石にそれはどうかと思うぞ。
「うんうん、この儀式ならなんとか私でもできそうね」
私にも出来るとか言い出すアンジェリカ、これだから無自覚系は怖いんだ。アンジェリカは儀式で必要なものの代用品を何にするか考え、メモしていくアンジェリカであった。
「うんうん、ある程度は魚の尻尾でいけるわね。コカトリスの足……これは串焼に使う竹串でいいわねぇ、妖花の花びら……この花この辺りにはないわよ、ここ港町なのよ」
何故か変なモノで間に合わせようとするのか謎である。
こうしてどんどんと代用品を集めていくアンジェリカ、もはや何のために用意しているのか謎である。
「うんうん、こんなものかしらね? 花びらは無かったからワカメを用意したわ」
イワシの尻尾が一つ、サンマの尻尾が一つ、竹串二本、ワカメが二本、もはや何がしたいのか謎である。
「さあ儀式を始めようかしら?」
そういうとアンジェリカは床に魔法陣を書いていく、儀式の準備だ。
アンジェリカの怖いところは、本を見ながら書いているのに所々微妙に間違えているところである、しかも魔法陣の円が歪んでいる。
「うんうん、いい出来じゃない。ここのアレンジなんて最高のできよねぇ」
おばちゃんはこういうところが適当である、そして勝手に謎のアレンジを入れるのであった。
そして儀式用に用意した物を魔法陣の中央に置くと、魔法陣から出て魔導書を手に取った。
「さてさて、それじゃあ始めちゃいましょうね」
アンジェリカよ今更だがお前独り言多すぎやしないか?
独り言の多いアンジェリカは呪文の詠唱を開始した。
しばらくすると魔法陣が輝きだす、あんな適当な魔法陣と供物でよくもまあ反応するもんだ。
「うんうん、これ成功よね。ほーら光の柱に何か影が見えるわよ」
しかし、そこにいたのは……
「あらら、ベルフェゴールではなさそうね」
サンマの尻尾からイワシの尻尾が出ており、竹串の足とワカメの手を持つ謎生命体がそこにいた。
「――汝が我を呼び出したのか?」
やたらイケメンボイスの生モノである。てかコイツどこから声出してるんだ?
「そうよー、呼んだのがオバさんでごめんねー」
「まあ、オバさんとかは気にしておらんが……しかし、呼び出されて言うのもなんだが。この姿は何なんだ?」
ワカメの手を見つめつつ生モノはそう疑問を口にした。
アンジェリカは召喚された生モノに鏡を渡すと、それを受け取った生モノは目をぱちくりさせた……実際は目なんて無いのだが、そう表現するのが妥当であるため、目をぱちくりさせたと言っておこう。
「なんじゃこりゃー!」
お前、目無いけど見えてるんかい。表情が無いのに何故か表情が想像できる雰囲気で生モノは叫んでいた。
「イワシの尻尾とサンマの尻尾で呼び出したのだけど、ダメだったかしら?」
「いやいや、普通ダメだろ。なんで尻尾なんだよ」
「簡単に揃うのがソレだったのよ」
「ないわー、マジないわー」
生モノは最初の尊大な態度はどこへ行ったのか? ないわーと言い続けていた。
アンジェリカはそうそうといった感じで生モノに声をかける。
「そうそう、貴方のお名前はなにかしら? 私、ベルフェゴールて悪魔を使い魔にしたくて召喚したのだけど、貴方がベルフェゴールかしら?」
アンジェリカが名前を尋ねると、ないわーと呟き続けていた生モノがアンジェリカの方に向く。
ワカメの腕で腕を組みふんぞり返る生モノ、その手なんかワカメ縛ってるようにしか見えないんだが……
「我か? 我は偉大なる海の悪魔『リヴァイアサン』である」
サンマとイワシの尻尾が偉そうに名乗っている。
「リヴァイアさんね。目的の悪魔ではなかったけど仕方ないわね。供物に魚の尻尾で代用したのがダメだったのかしら? あとここが港町なのも原因なのかしらねぇ?」
「本人の目の前で仕方ないとかいうの、やめてくれません?」
「あらー、ごめんなさいね。オバさん正直なんで。思ったことが口に出てしまったわね」
「なんだよ、このオバちゃん魔女……」
流しているけど『リヴァイアサン』であって『リヴァイアさん』ではない。
「ところで契約はどうやればいいのかしら?」
呼び出したはいいが、契約の仕方がわからない辺り適当である。
アンジェリカは本のページをめくり調べ始める。
「……我にお前の力を示せ。その力が我を我が納得すれば契約は成立される」
「あら? そうなのね、わざわざ教えてくれてありがとうね。でもオバちゃん腕力に自信なんて無いわよ?」
「力とはお前の持つ魔力だ」
「それはどうやればいいのかしら? 最近の事は難しくてわからないのよね」
結局、召喚した生モノに教えてもらっているアンジェリカであった。
あと使い魔との契約は最近の始まった事じゃないからな、アンジェリカが産まれるよりはるかに昔からある儀式だからな。
と、生モノが淡々とアンジェリカにやり方を説明していた。
「なるほどね、魔力を込めて貴方の頭にかざせばいいのね」
「そうだ、それで我がお前の魔力を測ることができる」
説明が終わったようだ。
「ところで……言いにくいんだけど。貴方の頭はどこかしら?」
「……そうだったー! 我今の姿は上も下も魚の尻尾だー!」
ワカメの手で上の尻尾を抱え叫ぶ生モノ、無意識にやってるが上の尻尾が頭なんじゃね?
「とりあえず上の尻尾でいいんじゃないかしら?」
「そうだな、試してみるか」
アンジェリカが魔力を込めて上の尻尾に手のひらをかざす。
すると手のひらが輝きだした。
(む? なんだこの魔力量は? 並みの魔女の三倍以上はあるではないか。ふむ、主とするならば悪くはないかもしれんな)
並みの魔女の魔力がどれくらいかは知らないが、アンジェリカの魔力は凄いようだ。
「いいだろう、お前との契約は成立した」
|生モノ《リヴァイアサンの言葉を聞くとアンジェリカは手をどかす。
「そんな簡単でいいのかしら?」
「かまわんよ、お前の……いや、主の魔力量ならいかんなく我が力を発揮できるだろう」
「あら、そう。契約成立なら目出たいわね。これからよろしくねリヴァイアさん」
こうして最悪のコンビが誕生してしまった。
「いやー、これで私も来月から通う魔女学校の初級科でオバちゃんだからってバカにされなくて済みそうね」
「え、そんな見栄のために大悪魔である我を呼んだのか? というか初級科だと、初級科なんてものは子供の通う科ではないのか?」
生モノは知らなくて当然だが、アンジェリカが魔女になったのは最近の話なのであった。
「ええ、私ね最近魔女になったから、魔女としてはまだひよっ子なのよ。それでね、まずは初級科に通ってみないかって近所の魔女の人に誘われてね、行くことにしたのよ」
「ヴァカな……ルーキーがこの我を、変な姿になってはいるが我を呼びだしたのか」
「そうなるわねぇ」
子供に交じって通学するオバさん……ビジュアル的には保護者にしか見えないが仕方ない。
「子供とはいえ、凄い子は初級科に行く前でも使い魔をつれてるそうなのよ! それで私もねオバちゃんだって子供たちにバカにされないように使い魔を呼ぶことにしたのよー」
「あ、はい。そうなんですか……」
別に知りたくもない事を勝手に知らされて、困る生モノであった。
「そうそう、お祝いにイワシパイでも焼こうかしらね?」
「イワシパイ?」
「ええ、イワシのすり身をふんだんに使った、生臭くて不味いパイなのよー、息子の評判は最悪だったのよー」
「まて! なんでそんな不味いと分かってるものを作るんだ?」
「お祝いだからよー」
「はぁ? 祝い事に不味い物をふるまう意味が分からん!」
生モノはアンジェリカと契約したことを後に後悔したという。
イワシのパイを作る前に、アンジェリカが生モノに握手を求め手を出した。
「改めて、これからよろしくね」
アンジェリカの手をワカメの手で握り返す生モノ。
「では、改めて。我は大悪魔リヴァイアサン今後ともよろしく」
尊大な言い回しで自己紹介をした生モノに対してアンジェリカは言った。
「あ、あと言いにくいのだけど。貴方少し生臭いわよ?」
「お前がこんな姿で呼んだからだろうが!」
臭いといわれて叫ぶ生モノ。
しかし、このコンビが数年後に国を救うことになるとはこの時誰も知る由は無かった。
こうしてアンジェリカと悪魔リヴァイアサンの出会いの物語は幕を閉じるのであった。
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