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22歳 あのときの歌はのうぜんかつら
待ち合わせに一時間も遅刻してきた君を、誰も怒らない。
だって時間は無限にあるから。
今日はこれからカラオケに行って、メロンソーダにソフトクリームを浮かべて飲む。フリータイムで入るから、メロンソーダも時間も無限。
いつものカラオケ。外壁が真っ青で看板が真っ赤で、トイレがバリアフリーとは対極な造りのカラオケ。
飽きるまでカラオケにいるから、そのまま朝になるかも。でもわかんない、飽きたら出て、たっちゃんの下宿で怖い話をしよう。夏だから。
君が着てきた初めて見るオーバーオールは古着?それともいつものおしゃれなお店で買ったの?
アコちゃんが、オーバーオールの肩の部分を引っぱって脱がそうとして、それを君は無視して話してる。インターンシップの話。たっちゃんはそれを真剣に聞いている。
私はちょっと後ろを歩いて、君の右手の大きな荷物がなんなのか考える。
スーパーの大きな袋に入った四角い何か。
なんだろう。
おもちゃでも買ってきたのかな。
大学のなにか、課題?でも私たちただの社会学部だよ。広く浅くの社会学部。
やっぱりおもちゃか。それか、プラモデル。
君の車に乗った時、ずっとガンダムが流れてた。あれはDVD?車でDVDって見られるの?助手席でずっと考えてたけど、訊かなかった。
きっとガンダムのプラモデルだ。カラオケで作るんだね。いいね。
カラオケの部屋がちょっと狭くて文句を言って、だけど自作のメロンフロートで気分を上げて、心も体も全部、「楽しい」だけになる。
君がくんだレモンスカッシュの泡は透明。その横に、私の緑。
曲を選ぶたっちゃんに、アコちゃんがイエモン歌ってってリクエストしてる。だけどたっちゃんはGLAYのとこばっか見てる。
君がスーパーの袋をテーブルに置く。中身を出す。私はそれをじっと見てる。ガンダムが出てくるのをニヤニヤして待ってる。
だけど出てきたのはケーキの箱だった。
見たことないくらい慎重な手つきで君が箱を開けているのを、不思議な気持ちで見つめる。
「なんでケーキ?」
訊いても君は答えない。すごく慎重にケーキを出してるところだから。
真っ白なケーキにはなんの飾りもなくてまっ平ら。
そしてぐにゃりと崩れてる。崩れてるのを見て、
「あー!やっぱり!やってもーてるー」
君は心底悔しそうにテーブルにつっぷした。
「えーなに?手作りじゃん!」
アコちゃんの言葉で気づく。ほんとだ。お店のじゃない。手作りのケーキだ。
テーブルに顔を埋めていた君がぼそりと言う。
「チーズケーキだよ」
袋から紙皿とフォークまで出てくる。
服のこと以外なんも考えてないくせに、ケーキを入れる箱とか、紙皿とかフォークとか、準備したの?自分で?
そう言いかけて、やめる。
なんか走馬灯みたいに思い出したから。いつかの君との会話。
誕生日が7月だってこと。ケーキだと一番、チーズケーキが好きだってこと。
君に訊かれて私は答えた。ゼミの前。チャイムが鳴る二分前。空は青くて、木の葉っぱがすごく緑だった日。
「誕生日おめでとう」アコちゃんが笑う。たっちゃんがマイク越しに「おめでとー!」と叫ぶ。
君はだけど言わなくて、崩れてない部分をやっぱり慎重に切り分けて、紙皿にのせて渡してくれる。
メロンソーダの上のソフトクリームがとけて、テーブルに落ちる。
レモンスカッシュの氷もとけて、グラスがびっしり汗をかく。
たっちゃんがGLAYの冬の歌を歌い始める。アコちゃんが、ミニモニ。を歌うよと声高らかに宣言する。
君は私の顔を覗き込んで、「どう?」って訊く。
初めて見る顔で苦しくなる。
君がケーキを入れる箱を買って、紙皿とフォークを準備して、慎重に切り分けて渡してくれる。そんで「どう?」って、そんな顔で。
やめてくれよ。泣きそうだよ。
「ソーダ水越しになんとかって、ほら、あのいい曲。あれ今日も歌う?」
歌う、歌うって頷いたら、「やった」だって。
やめてくれよ。
チーズケーキなのにうんと甘いそのケーキを、私はうんと褒めればよかった。
こんな嬉しいことはないって、一番美味しいって、ずっと一番だって、思ったことを言えばよかった。
素直に言えばよかった。
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