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半田君が髪を耳にかけ「さて」と膝を叩いた。
「じゃあまず目を閉じて?」
「はい......」
向かい合って座り、指示に従って目を閉じる。
「ん~......で、まぁ後は何も考えずにキスすればいい、と思う」
(......適当だなぁ)
適当で当たり前だ。キスをする時に「最初はこうして」「次はああして」と考えながらする人はいないだろう。
「......じゃあ、いい?動くなよ~?」
半田君の声と香りが近い。今日の香水は、甘い花の香りだ。
「ン.........」
ふに、と柔らかい感触がして、唇同士が触れ合った。ほんの少しだけ痛いのは、半田君の唇のピアスが、僕の唇に食い込んだからだろう。
「......目ぇ開けていいよ」
「.........。」
ゆっくり目を開けると、少しだけ恥ずかしそうにしている半田君と目が合った。
「......何となく分かった?」
「.........はい、」
「......じゃあ、どうぞ?」
「............はい」
姿勢を直し、目を閉じる半田君。僕は緊張で死にそうになりながらも、少しずつ彼に顔を近付けていく。
「.........。」
あと少しで唇が重なる......そんな時だった。
「察男~、わりぃけど"コレ"の6巻貸してく......」
タイミング悪く兄さんが乱入してきた。勢いよくドアの方を向くと、兄さんがコミックを片手にフリーズしている。
「.........わりぃ。やっぱ夜でいいわ」
兄さんはすべて察したようだ。部屋のドアを閉め、静かに自室へ戻って行った。
「.........。」
「............なんか、ごめん」
半田君の小さな謝罪が、静かな部屋に響いた。
気まずい空気のまま、僕は半田君を見送る為に玄関に向かった。半田君はモソモソと靴紐を縛り終えると、僕の方を見て軽く頭を下げた。
「......なんかごめんね。気まずくさせて」
「いえ、大丈夫です......。うまく言っときます」
「うん......じゃあ、またね」
「そ、それじゃあ......」
お互いぎこちなく手を振り、別れの挨拶を交わした。半田君が玄関を開け、夕焼けに染まった外を歩いていく。
「.........。」
閉まっていく玄関を手で押さえ、歩き出す半田君の背中を見送る。
(......あ、)
夕焼けに染まった、外の景色。そこに半田君が溶けていく。輪郭を無くし、じんわりと半田君が景色に溶けていく......。
(......ダメだ......行かないと......っ!)
気が付いたら、僕はスリッパのまま走り出していた。
「.........半田君っっっ!!!!」
ガシッ、と手首を掴むと、半田君がびっくりして飛び上がった。
「っ、なに!?びっくりしたァ!」
慣れない靴で走ったせいでいつも以上に疲れたが、手首が掴めホッとした。
(......良かった、消えてない)
ホッとした僕を見て、半田君が首を傾げた。
「何、何なの?どした??」
「えっ?......っあ、そ、そうでした......。あの......"忘れ物"を......届けに来ました」
「?忘れ物??」
半田君が首を傾げた。
「......忘れ物って、な......っ」
そしてマスク越しの唇に、半ば押し付けるようにキスをした。
「......は?」
「.........忘れ物、です」
半田君が使った手段をそのまま使うと、半田君は目を丸くした。そして今度はマスクを外し、僕の唇に直接キスをしてくれた。
「......直接しないと罰ゲームにならんよ?」
「.........罰ゲームじゃなくて...忘れ物です」
「......そだっけね」
はは、と笑った半田君の手首を掴んだまま、僕はもう1度半田君の唇にキスをした。
(案外キス魔なのねぇ)
(......忘れてください)
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