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観察日記2日目
「お~い察男くぅん。メロンパン買ってきてくんない?」
「え、い、今から......ですか?」
僕......影山察男の弱みを握ってからというもの、彼......半田魁翔はよく話しかけてくるようになった。今日も登校して早々、僕に「腹が減ったから」とメロンパンを要求してきた。しかしホームルーム開始まであと5分程度.........どう頑張っても間に合う気がしないので、僕は眉間に皺を寄せた。
「あ、あとじゃダメ......ですか?」
「あ?そういう事言っちゃう??へぇ~......」
彼が目を細めたので、僕は「ゔ、」と唸った。彼が目を細めるのは、人を脅す時の癖だ。
「.........わ、かり......ました」
仕方なく席を立ち、僕はお財布を片手に学校を去った。
「.........はぁ~あ......」
学校前の横断歩道で信号が変わるのを待ちながら、僕は大きくため息をついた。彼が好きなメロンパンは、学校から少し離れたコンビニに売っているメロンパンなのだ。学校の近くにあるコンビニのメロンパンでいいのなら、余裕でホームルームに間に合ったというのに.........。
(お気に入りのメロンパン買わないと後から怒りそうだし......なぁ)
どこまでも澄んだ青空に、ピンクの桜が舞っている。
僕はその景色を見ながら、信号が青に変わった横断歩道を渡った。
「もっ、もどりました......っ!!」
「あ、お疲れェ~」
ホームルームが終わった教室に飛び込むと、半田君がヒラヒラと手を振ってきた。
「こ、これ......買って、来ました.........はぁ、はぁ......」
「お、さんきゅー......って、えぇ!?」
メロンパンの入った袋を手渡すと、彼はキラキラと目を輝かせた。
「俺の好きなメロンパンじゃん!あんがとぉ~!」
「ど、どういたし......まして......はぁ......」
「へへへ、いただきま~す!」
息を整える僕をヨソに、彼は嬉しそうにメロンパンを取り出した。ピアスだらけの口元を隠すマスクを外して、メロンパンにかじりつく。
「ん~!うめぇ~!!」
幸せそうにメロンパンをかじる彼を見ると「あぁ、観察日記を書いていて良かったな」と思った。観察をしていなければ、こうして彼の好みを知る事も、彼の幸せそうな顔を見る事もなかったのだから。
(......幸せだなぁ)
幸せそうな彼の食事風景を見守りながら、僕は自分の席についた。1限目の授業の準備をしようと机の中に手を入れると、半田君が「おい」と僕を呼んだ。
「.........ん」
「......えっ?」
「ん」の一言と共に、彼が食べかけのメロンパンを差し出してきた。意味が分からず首を傾げると、彼は咀嚼していたメロンパンを飲み込み、掠れた声で言った。
「一口やるよ。お買い物のお駄賃」
「......へぇ!?」
食べかけのメロンパンと半田君の顔を交互に見ると、半田君は首を傾げた。「いらない?」と聞きたそうな目元には、外してきたんだろうピアスの跡が残っている。
「?いらねぇの?」
「あっ、えっ、そっ......おっ......」
そんなの、答えは"欲しい"に決まってる。しかし、それを言ってしまっていいのだろうか。無言でメロンパンを見つめる僕を見て、彼が笑う。
「食えよ。ほら、」
「......。」
ごくり、と喉が鳴る。鼻先が触れそうな程、近くに持ってこられたメロンパンと、ニコニコと笑っている半田君.........これはもう、食べるしかない。
「........ぁ、」
一口食べようとして、口を開いた......のだが。
「あぐっ、」
「ぎゃひっ!」
あと少しで噛み付ける......というところで、彼がメロンパンを自分の口元へ戻した。僕は空を噛み、歯が"がちっ"と鳴った。
「なっ、ななっ......!?」
「やんねーよバァカ。食いたきゃ自分で買いな」
ケラケラと笑いながら、半田君がメロンパンを頬張る。
「うめぇ~!」
その姿を見ながら、僕は心の中で「鬼畜野郎め......」と毒を吐いた。
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