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僕が叫ぶと、半田君は「え?」と言った。勝手に借りたペンでメモを取り、何事もなかったかのようにノートをしまう。
「何、どした?」
「"どした?"じゃないですよ!何ですかさっきのノート!!」
「え?......あぁ、これ?」
そう言って彼が出したのは、あの日、彼が踏みつけた観察日記だった。
「空いてるページ多くて勿体ないし使おうと思って」
「使わないで下さいよ!やめてくださいよ!!」
「"3月28日、今日はよく晴れている。そのせいか、少し機嫌が悪い。雨の方が好きなようだ"」
「読まないで下さいよ!!!!」
僕が叫ぶと、彼はゲラゲラと笑った。何が面白いと言うのだろうか。"他人の不幸は蜜の味"とは、先人はうまい事を言うものである。
「あ~ぁ、笑ったら喉乾いた...お茶飲も~......」
彼はそう言うと、つけていた黒いマスクを顎までずらした。
「おっ、面白くな.........ひぇっ」
そして露出した口元を見て、僕は思わず悲鳴をあげた。
口の中から覗く牙のようなピアスに加え、上唇と下唇、そして人中や頬にまでピアスが開いているではないか......。
(あ、改めて見るとすごい......)
僕の視線に気付かないのか、半田君はゴクゴクとお茶を飲んでいる。
「ぷはぁ~.........ん?」
「ひっ......」
視線が合ってしまった。僕は短い悲鳴をあげ、ゆっくりと目を逸らす。
「野生動物か俺は。なンだよ、ピアス気になンの?」
「ひょっ!?えっ、いえ!そんな!事は!なくもない......ですっ!」
「どっちだよ......まぁいいや」
そう言うと、彼は体ごと僕の方を向いた。ベッドがギシリと軋み、僕の体が少し傾く。
(う、うわぁ......)
よく見るとピアスは眉毛の位置にも開いていて、痛くないのか不安になった。
「あ、あの......?」
「あ?」
「い、痛くない......ですか?それ」
「あ?あぁ、痛くねぇよ。ほら、」
「えっ......っひゃん!?」
「痛くねぇよ」と言った彼が、僕の手首を掴んだ。そして僕の両手で頬を包み、にっこりと笑う。口の中の牙のようなピアスが覗いて、少し背筋が凍った。
「触ってみる?ピアス」
「えっ!?い、いえ!だ、大丈夫です!」
「"3月25日"......」
「わわわわわ!分かりました!!」
僕を脅す為に、観察日記の内容を口にしようとする半田君......弱点を有効活用する彼に腹が立ったが、弱点を握られるような間抜けな僕が悪いのだ。
(ううう......く、悔しい......っ)
悔しいが、反発をしたところでまた弱点を殴られるだけだ。
「じゃ、じゃあ......失礼、します」
観念した僕は頬から恐る恐る手を離し"クラスメイトのヤンキーのピアスを触る"という奇妙な体験をする事になった。
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