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19
十三年ぶりに降り立つ駅は激しく都市開発が進んでいて記憶の中の景色を投影するのに苦労した。
見覚えのない高層ビルがばんばん建ち、構内は人間で溢れかえり頭上の案内看板は矢印の方向がありすぎてめまいがした。こんなに変貌を遂げられてはノスタルジーも何もない。本当に浦島太郎の気分だ。
親不孝がこれ一つで解消されるとも思わないが手持ち部沙汰にならないよう沖縄の銘菓を持参して実家を訪れた。
「あら、本当に来たの」
「行くって今朝ちゃんと電話したよね」
「うん。嘘だと思ってたわ」
ドライな母親はそれでも長らく家を留守にしていた息子を笑顔で迎え入れてくれた。いつの間に見知らぬ犬を飼っている。学生時代はまだ頻繁にやり取りをしていたのだけれど自分でお金を稼ぐようになってから主にやり取りはメール、あっても年に数回電話する程度の交信を交わすのみだった。グラフに当てはめるとおそらく薄情な部類の親子関係だが、どちらも気にしていない。
「はい、これお土産」
「紅芋タルト? 気が利かないわねえ。今時そこのスーパーでも売ってるじゃない」
「そうなの? じゃあちんすこうの方がよかった?」
「それもたいがいすぐ買えるわよ。あらもう出てくの?」
「うん。夕飯までには戻ってくるよ」
創一の家まで続く道のりは鮮明に覚えていると自負していたが、いざ帰ってくれば、乗らなくてはいけないバスの番号や曲がるべき角を探すのにいちいち立ち止まった。
横断歩道の先に続く坂を登ればあとは創一の家、のところで煌はついに足を止めた。三十を過ぎたいい歳の男が今どき実家で暮らすだろうか? そもそもこの街でまだ生活しているという確証すらないのに。しかし、万が一、創一が今家にいたら…。
ボタン式信号機の赤い突起を、いつまでも押せないでいた。徐々に夕日も沈み始め、辺りは暗くなってくる。
人通りも車も少ない通りで、短い横断歩道を渡りたければ大抵の歩行者は早足に信号など無視して向こう岸に着いてしまう。立ち尽くすのは煌くらいだったが、横から不意に腕が伸びてきて、ついにボタンが押された。腕の主を何気なく見るとそこには、懐かしい面影がいた。
困った、呼吸法を忘れた。
「…そう、いち」
「…煌? 嘘だろ?」
相手も、怪訝そうにこちらを確認する。
景色とは違い、記憶と変わらない顔だった。けれどもあどけなさが抜けて、完全な大人の表情をしていた。太っているでも痩せているでもなく、昔通りの佇まいで創一は立っていた。
ただ一点、左手に杖を持っていること以外は。
「ひっさしぶりだなあ! もしかして俺のこと訪ねてくれた?」
「創一、僕…」
「だとしたらタイミングよかった。実家の近くに家借りてるんだよ。でも一人じゃやっぱ何かと不便なとこもあってさ。結構行ったり来たりしてんの。今は帰るとこ」
「創一、ごめんなさい」
「え?」
「俺、ずっと言えなかった、ごめんなさい。俺のせいで、創一は事故に…。創一を、死なせてしまうところだった。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
創一が行きたかった国、創一が見たかった海、創一が歩みたかった人生。何もかも全てぶち壊した。十三年分の謝罪を、何度も何度も口にした。
「何だ、そんな風に思ってたの? 十三年も? バカだなお前」
創一は煌の知らない笑顔でからっと笑った。
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