第三話

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 今日一日をどうしようか。一日って、どう過ごせば良いんだっけ。何も考えられない。それでも、余っていたパンをかじった。何度も噛み締めて、飲み込んだ。いつもより甘くない。ようやく、カーテンを開けた。眩しい光と共に、きれいな青い空が広がった。 「……きれいだ」  膝を落とした。涙が流れていた。もう前のように、彼女が側にいるという妄想が出来なかった。長い間やってきたことだった。それをたかが事故のショックで出来なくなった。彼女はもう俺の側に居ない。舌の先に、ほんのりと血の味が染みる。  立ち上がって、押し入れから段ボール箱を引き出した。「青の遺品」と黒いインクで書かれた箱だ。 「青」  彼女の名前を呟いた。  そして、一つ一つ中身を取りだし、眺めていった。もう、現実から逃げる術を失ってしまった。今の俺には、どうしても事実が分かってしまう。こうなったら、彼女の死を受け入れて、ただ悲しみに暮れよう。  初めて出会った時の青い空の絵、そして黄色い光の入った夕焼けの絵、それから空を見上げる男の子と女の子。いったい誰をモデルに描いたんだか。水のように透き通った空と白い花のカーペット、二人の男女。人物を描いた絵がもう一枚あった。たくさんある風景画の中で、たった二つの人物画。彼女が最後に描いた二枚だ。もちろん、その人物画にだって、背景の書き込みはある。だから、風景画とも言える。でも、一枚には、男の子と女の子に、天使のような羽根が生えている。これは、間違いなく想像画だ。絵の中の二人は、楽しそうに笑っている。かつて、この絵を見たとき、希望のようだと感じた。この二人が彼女の描き出した希望だとするなら、この二人が彼女と俺だと思うことにしよう。いつも真っ直ぐ空を見ていた彼女は、何故想像で二人を描いたのか。彼女にとって、現実に希望は無かったのか。悲観的な考えが浮かんで、泣き叫んだ。崩れ落ちていく俺を、彼女は受け止めたりはしない。
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