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部屋に居るのが嫌になった俺は、街に逃げ出した。お陰で、葵ちゃんに捕まった。
「先輩、何処に行くところだったんですか?」
「別に、散歩だよ」
「私も散歩なんで、一緒に歩きましょう」
そうやって、二人で歩いていた。そういえば、思い出した。葵ちゃんのことをフッたのは、まだ青の妄想で現実逃避してたからだった。愛する人が居るって、断ったんだ。って言ってもまあ、今はショックが大きくて、葵ちゃんと付き合える訳ではないけど。
「あ、電話だ」
葵ちゃんが、携帯電話が鳴っているのに気が付いた。鞄の中を漁って探している。かつて受け取った青からのメッセージをふと思い出す。突然彼女が居なくなったあの日、彼女に電話をかけたけど、彼女は答えなくて、でも、そのあと、彼女から音声メッセージが届いたんだ。まだ聞いてなかったけど、今も俺のスマホの中に残っているはずだ。今の自分なら、ちゃんと彼女の声を聞けるかな? なんとなく、ポケットの中のスマホを掴んでいた。
『もしもし、葵ちゃん? 私よ。恵介の母の美里。恵介がもう一時間も持たないってお医者様が! もう最期になるって……』
突然、早口で捲し立てる女性の声が大音量で響いた。葵ちゃんのスマホの音だった。葵ちゃんは、慌てた様子でスマホを操作する。すると、音は小さくなっていった。葵ちゃんは、スマホを耳に当て、しばらく話した後、通話を切った。溜め息をつく。
「すみません、先輩。電話かかってきちゃって。さあ、散歩を続けましょう」
「え?! 行かなくて良いの?」
さっき聞こえた女性の声の調子や内容からして、直ぐに駆けつけた方が良さそうだった。
「あ、今の電話ですか? いや、友達のお母さんからですけど、私その友達と仲悪いんで、行かないでおいた方がその子にとっても良いんですよ」
葵ちゃんは、にこりと笑った。
「いや、でも、お母さんから連絡が来るんだよね? 仲が悪い友達にそんな連絡しないでしょ! っていうか、恋人とかじゃないの?!」
「……え」
葵ちゃんは、固まった。
「……何言ってるんですか。そ、そんな訳ないでしょ。私は、先輩のことが……」
「何で動揺してるのさ?!」
彼女の挙動は明らかにおかしかった。俺は何故か必死になって問い詰めていた。彼女は、俯きながら叫んだ。
「あーぁもう! 元カレなんです! 良いじゃないですか! 別れてるんですから!」
「じゃあ、何で母親が連絡するのさ」
「そういう母親なんです! とにかく、彼の余命が少ないって分かってからは、会ってすら無いんですから、良いんですよ! 今更行って何だって言うんですか!」
手を伸ばした。彼女の胸ぐらを掴む。
「行かなきゃダメだよ! 行けよ!!」
突然叫んだ俺に、俺自身が驚いた。俺の左手は、ポケットの中、まだスマホを掴んでいた。
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