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「学生ふたり、二時間で」
二次会の場所は、駅前の雑居ビルの三階にあるカラオケ。通されたのはこじんまりとした部屋だった。
「ジュース取ってくるわ。何がいい?」
「カルピス」
「オッケー」
バタンとドアが閉まり、残った三上は一人でデンモクをいじる。突発的に決めた二次会だったので、特に歌いたい曲があるわけではなかった。もっと言えば、別にカラオケでなくても、場所はどこでも良かったのだ。
「ほい、カルピス」
肩でドアを開いた暁海は、両手に持ったカルピスをテーブルの上に置いた。三上は代わりにデンモクを渡して、マイクを手にとった。
「おっ、もう曲入れたんか? ……ってお前!」
流れてきたイントロを耳にして、暁海がツッコミを入れた。
「これオレの十八番やんけ! いきなり獲るかフツウ~!」
暁海の抗議を聞き流して歌い始める。もちろん、三上はこれが暁海の好きな曲だということは知っていた。それはそうだ。彼から勧められて聴き始めたのだから。
「よーし、ほんなら次はお前の得意なやつ歌ったるからな~! よう聴いとれよ!」
マイクとデンモクを交換し、彼の外した音程に苦笑いを浮かべる。
「絶対音感の貴公子…………ぷっ」
「おい何笑てんねん! しっつれいな奴やでほんま~!」
いつの間にか、あのもどかしい感情は三上の心の中から消えていた。
音楽は、いつも思い出と一緒に旅をする。その曲を耳にすれば、いつでもあの頃に飛んでいける。
受験を終えて、卒業して、それぞれの進路へ進んで、なんとなく連絡しなくなって、お互いに家族を持って、いつしか、今までの人生の何倍もの月日が経って。
それでも、あの曲を聴けば思い出すのだろう。彼の、あの下手くそな歌声を。
だから、彼が思い出すのもきっと……。
-おしまい-
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