5章 魔女は純白のドレスに微笑む

1/1
前へ
/6ページ
次へ

5章 魔女は純白のドレスに微笑む

「ディアナ様、よくお似合いです」 「あ、ありがとう……」 ディアナは他人に裸を見られながら服を着せられるという初めての経験に困惑しつつ、鏡の中に映る自分の姿を見つめた。 アクエスの瞳の色と同じブルーローズを飾った純白のサテンドレスに、床を引きずるほど丈の長いベール。深緑の髪は高く結い上げられ、谷間が見えるほどに開いた胸元には、ずっしりとしたブルーサファイアの宝石が輝いていた。 「なんだか、アクエスの独占欲を感じるわ」 執拗なくらいに青を主張してくるあたり、確信犯だと思う。 でもまさか、あの頃は我が子のように思っていたアクエスが──。 「どうされました、ディアナ様? 顔がお赤いですよ」 支度を手伝ってくれていたメイドが、心配そうに顔をのぞき込んでくる。 「な、なんでもないわ」 (今じゃ、私の生涯の伴侶なんだもの) そう、今日は晴れてアクエスと結婚式を上げられることになっている。照れくさいというか、嬉しいことにはもちろん変わりはないのだけれど、親のような気持ちで接してきた手前、自分の自制心に負けたようでいたたまれない。 アクエスとは結婚が認められてから、一週間会っていない。なんでも、この国には花婿が結婚式前に花嫁の姿を見ると、不幸になると信じられているらしい。そのため、式まで花嫁は部屋から出ることを基本的に禁止られているのだ。 そして、結婚式までは禊のために泉で体を清めたり、滋養のある食事をとらされたり、マッサージをされたりと忙しなかった。 でもこの忙しささえ、愛した人と結ばれるための儀式だと思えば幸福な時間だ。 「師匠、支度終わりましたか?」 扉越しにユンファの声が聞こえて、メイドが“開けてもいいですか?”と問うように視線を向けてくる。 「リドルもいますよー!」 「ディアナさん、俺もいますよー!」 (リドルやスヴェンまで来てくれたのね、うれしいわ) ディアナはすぐにメイドに向かって頷き、みんなを部屋に招き入れてもらった。 「師匠! うぅっ、本当に綺麗で……私、嬉しいですっ」 「ユンファ……もう泣いているの? ふふっ、気が早いわ」 ボロボロと瞳から大粒の涙をこぼすユンファの頭を撫でる。しかし涙は止まるどころか、どんどん流れてしまってディアナは苦笑いした。 「とってもキレイですね、スヴェン室長!」 「魔女様、やっぱり美しいっ」 リドルの言葉に、スヴェンの魔女大好きスイッチが入ってしまった。 (人間なのに魔女を尊敬してるだなんて、やっぱりスヴェンって変わってるわ……) 部屋にやってきた三人も指揮に参加するからか、見慣れない礼装をしている。それを見て、いよいよ式が始まるんだとディアナの胸は高鳴っていた。 「王子様と結婚だなんて、なんだかおとぎ話みたいですね! ディアナさんは王子になんてプロポーズされたんですか?」 「そうね……」 興味津々にリドルに尋ねられたディアナは、アクエスにプロポーズされた日のことを思い出していた。 ──今から二ヶ月前。 茨の森の中、愛しい人の声を最後に意識を手放したディアナは五日後に目を覚ました。寝台の上で長期間眠っていたせいなのか、霊薬の副作用なのか……。体は常に怠く、寝たきり生活を余儀なくされていたある日のこと。 「ディアナ、体調はどうだ?」 「だいぶ良くなってきたわよ」 見舞いに来たアクエスがベッドに腰を落とすと、労わるようにディアナの頬を撫でる。 その仕草にディアナは愛されているな、としみじみ感じていた。 ちなみにディアナが眠りについてから、ユンファは薬室にお世話になっていたらしい。今もこの城でリドルやスヴェンたちと薬学の勉強に励んでいる。 そしてバウルは今、この城を出ている。というのも、急にディアナたちがいなくなってしまったので動物たちが心配しているだろうと様子を見に行ってくれているのだ。 「フィオナは、あれからどうなのかしら」 あの日、蘇り薬はクランベルやユンファのおかげで無事に完成した。ディアナが人と同じ時間しか生きられなくなった代わりに、フィオナの魂は体に戻ることができたのだ。 しかし、フィオナはまだ目覚めていない。魂と肉体が離れていた時間が長かったために、魂が定着するまで時間がかかるのだ。 だからいつも、今日こそはとアクエスに尋ねるのだが……。 「まだ、眠り続けている」 「そう……」 やっぱり今日も駄目だった、とディアナは肩を落とす。そんなディアナを励ますように、アクエスは頭を撫でてくれる。 「だが、今日は少しばかり血色がよく見えたな」 「それはよかった、早く顔が見たいわ」 フィオナは、今この城の部屋で眠っている。会いに行きたいのだけれど、魂を半分失った代償で体が思うように動かないのだ。 いつになるかはわからないけれど、アクエスと彼女の目覚めを待ち続けようと決めている。 だから、不安ではあるけれど悲しみはさほど深くはなく、目覚めを今かと楽しみにしていた。 「アクエス、毎日ここへ通うの大変でしょう? 無理していない?」 そしてもうひとつ、アクエスが毎日お見舞いに来ることが心配でならなかった。 彼はこの国の王子で政務も、もちろん課されている。前に書類に埋もれそうになっているのを見たことがあったので、ここに来る時間があったら休んで欲しいのが本音だ。 「無理などしていない、未来の花嫁を心配するのは当たり前だ。それよりディアナ、体調が戻ったなら少し外の空気を吸わないか」 「それはありがたい申し出なのだけれど……」 いい加減、部屋にこもりっぱなしは気が滅入る。できることなら外を散歩したいくらいなのだが、出歩きたくても体に力が入らないのだ。 「体が動かないのなら、俺が抱えていくから安心しろ」 「──え? きゃあっ」 アクエスは軽々とディアナを横抱きにして、スタスタと歩き出す。部屋を出ると、驚く間もないまま廊下を進んでいく。 そこですれ違うメイドや兵士、大臣たちは何事かと何度もこちらを振り返っており、ディアナは頬を赤く染めた。 「ちょ、ちょっと降ろしてちょうだい、アクエス! こんな格好、恥ずかしいわ!」 「気にするな、お前が俺の嫁になればこんなこと日常茶飯事になる。今から慣れておけ」 「あなたって、やっぱり無茶苦茶だわ……」 素知らぬ顔で堂々と廊下を歩けるアクエスの不屈の精神に、ディアナは呆れを通り越して尊敬の念を覚えた。 何を言っても無駄だと思ったディアナは、顔を隠すようにアクエスの首筋に顔を埋める。 「目覚めるまでの間、俺がどんな気持ちで待っていたと思う? お前の無茶に比べれば、俺など可愛いものだろう」 (私が霊薬を飲んだこと、まだ根に持ってるのね……) 確かに心配をかけてしまったのはわかっている。なので、彼のワガママはすべて聞いてあげることにしていた。不安にさせたぶん、ディアナ自身が彼を甘やかしてあげたかったのだ。 「今は片時も離したくない」 「アクエス……えぇ、私も離れたくない」 ギュッとアクエスの首に抱きつけば、体を支えてくれている彼の腕にも力がこもった。彼の体温を感じられる喜びに浸っていると、気づけば庭園へとやってきていた。 「もう薔薇が咲く時期だったのね」 昔、幼いアクエスたちと遊んだ庭園の光景と同じで、そこには色とりどりの薔薇が咲いていた。胸いっぱいに甘い香りを吸い込み、愛しい人の温もりに抱かれながら、目の前に広がる美しい景色を目に焼き付ける。罪悪感に押し潰されそうだったあの日々にようやく終止符が打たれ、ディアナは多幸感に包まれていた。 「いや、これはユンファに幻想薬で作ってもらった薔薇だ」 「え……なんで急にそんなことを?」 彼に抱えられたまま、彼の顔と薔薇とを見比べて目を見張る。柔らかい風が二人の間を吹き抜ける中、アクエスは驚くディアナの顔を見てフッと嬉しそうに笑った。 しかし、ディアナはなぜ彼がそんな顔をするのかがわからず、首を傾げる。 「本当はもう少しお前の体がよくなってから伝えるつもりだったが、俺が我慢できそうにない。なんせ十五年の片想いだからな」 「なんの話をしているの?」 「お前の顔を見るたびに、伝えたくてたまらなくなる」 「だから、あなたはなんの話を──」 「ディアナ」 射貫くような視線が、ディアナの深緑の瞳を捉えた。逃がさないと言わんばかりに抱えなおされると、心臓がうるさいくらいに鼓動を刻む。 「昔ここで、俺とした約束を覚えているか?」 「約束……?」 十五年前、彼と交わした約束なんて、ひとつしか思い浮かばない。 鼻筋の遠った端正な顔、期待に満ちた眼差しが向けられて、ディアナは頬を赤らめつつ答える。 「えぇ、あなたの姫にしてくれるって話よね。それで私、お婆ちゃんでもいいのかって聞き返したわ」 「あの時は、本気で冗談だと思っていた」 肩をすくめるアクエスに、ディアナは「ふふっ」と笑みをこぼす。 純粋だった頃の彼が少し恋しい。今のアクエスは、少しだけ意地悪になってしまったから。 なんて言いながら、アクエスの言葉や仕草に翻弄されるのは嫌いじゃない──ううん、結構好きだったりする。 「俺はお前がシワシワの老婆だろうが、人間じゃなかろうが、魔女だろうが、どうでもいい」 「え……?」 アクエスの瞳が真剣みを帯び、紡がれる言葉を待つ時間がひどく長く感じた。やがて、ゆっくりと開かれていく唇に心臓が早鐘を打つ。 「俺の姫に──いや、王妃となれ」 「っえ……!」 『王妃』という単語にディアナは瞬きを繰り返し、アクエスの青空と同じ色の瞳を凝視する。 (つまり、それっていわゆる……) 口をパクパクさせているディアナに、アクエスは口の端を持ち上げた。 「お前に、プロポーズしている。ちなみに、承諾以外は受け付けない」 強く気高い彼が紡ぐ愛に、屈服せざるおえない。幼い頃は話しかけるたびにモジモジしていたのに、今や見る影もない。いつも余裕な彼を恨めしく思いながら、ディアナは気恥しさに目を伏せる。 「愛している。十五年経った今も、この胸に灯る熱は永遠に消えない」 「アク、エス……っ」 嬉しさがこみ上げて、我慢できずに涙が頬を伝う。それは顎先からアクエスの唇の上に落ちた。それを彼の赤い舌がチロリと舐めとり、そのままディアナの目尻に膨らんだ新しい雫も唇で掬う。 「愛しいディアナ、返事はまた十五年後か?」 茶目っ気たっぷりに尋ねられ、ディアナはクスリと笑ってしまった。 「ふふふっ……いいえ、私はもう長寿の魔女じゃないのよ。そんなの待っていたら、本当にシワシワの老婆になってしまうわ」 もう、人間の永遠が魔女の一瞬だと感じることもない。アクエスと刻む時間はディアナにとってもかけがえのない宝になったのだ。 「それなら俺も同じだ。できれば、俺が元気な時に返事が欲しいものだな。心は永遠にお前を愛せるが体にガタがきてしまう」 「なっ……あなた、下品よ」 「本音だ、仕方ないだろう。俺は心だけでは満足できない、心も体も骨の髄までお前を手に入れたいんだ」 「っ……怖い人ね」 (でも、世界でいちばん何年経っても愛しい人) 彼とこれから過ごす日々は色鮮やかな幸せに溢れているのだろう。想像だけでも、心が満たされていくのを感じていた。 「私だって、何年経ってもあなたを愛してるわ。許されるのなら、あなたの姫なりたい。ねぇ王子様、魔女である私を愛してくれる?」 「とっくに愛している……」 語尾は吐息に変わり、ディアナの唇に掠めるような口付けを落とす。それは一度触れたら麻薬のように中毒性があり、角度を変えてまた重なった。 「んっ……」 奪うようなアクエスらしい力強い口づけに驚き、目を見開いたのは一瞬。甘いバラの香りにも似た口づけに、すぐに身を委ねた。風が吹いて、ブワッと花びらが舞い上がる。まるで祝福されているようで、ディアナたちは薔薇のに囲まれながら十五年越しに結ばれたのだった。 けれど、ディアナたちの結婚は最初からうまくいったわけではない。 王子の結婚はこの国の政治を司る五大臣の議会によって可否が決まる。 しかし、同然と言えば同然なのだが、バジル大臣以外の大臣から魔女との結婚は民や国に混乱を招くとして反対されてしまったのだ。 あれは、ディアナたちが伴侶となるための、最大の試練だったと思う。 「あの石頭どもめ、あの麻薬事件が収束したのもディアナのおかげだというのに」 アクエスからのプロポーズを受けて、一週間が経った夜のこと。部屋で髪を梳いていたディアナは、荒々しく開け放たれた寝室の扉に驚いて顔を上げる。 鏡越しに苛立った様子のアクエスが立っているのが見えて、ドスンッと寝台に腰掛けた。ディアナは櫛をドレッサーの上に置くと、立ち上がって彼の隣に腰掛ける。 「アクエス……仕方ないわ。治療薬を作ったくらいで、長年の確執はそう簡単に消えないもの」 ディアナたちは結婚を認めてもらうために必要な、五大臣の許可を得られずにいた。 自分が悪く言われるのはいいけれど、矛先はアクエスに向いている。魔女にかどわかされただとか、そんな噂まで立っていて立場が危うくなっているのだ。 「魔女を愛してなにが悪い! 同じ心を持ち、互いを想い合える。人となにも変わらないではないか!」 声を荒らげ、自分の両膝を強く殴るアクエスを見て、咄嗟にその手を握りやめさせる。 彼はこちらを見て、「すまない」と消え入るような声で謝ってきた。 (謝ってほしいわけじゃない、私もなにかしたいのに……) アクエスは公務だけでなく、大臣を説得するために邸に通うなどして奮闘してくれている。 ディアナも同行したいと言ったのだが、大臣に心無い言葉で傷つけられるのが嫌だからと、アクエスは手伝わせてくれないのだ。 「あなたが心配だわ、アクエス……」 ディアナは薄っすらとできたアクエスの目の下のクマに指を這わせる。これを見るだけで、彼の苦労が嫌でもわかった。 「眠れてないみたいだし……お願い、無茶しないで」 「お前と共にいられる道があるのなら、無茶もする」 「アクエス……」 たまらず、アクエスの首に腕を回して抱き着いた。癒してあげたい、自分にできることならなんでもするのに。 なのに、出来ることといえば薬を作ることくらいしか思いつかない。 (私って、なんて無力なの) 「あぁ、ディアナは森の匂いがするな……。こうしているだけで、俺は癒される」 ディアナの首元に顔をうずめて、アクエスは深呼吸したようだった。 「こんなことでよければ、いくらでも抱き締めてあげるわ」 「今すぐにでも、すべてを奪ってしまいたい」 「あっ……」 ディアナの後頭部に優しく手を当てて、その体をベッドに押し倒すアクエス。その拍子に鳴るスプリングの音を聞きながら、吐息がかかるほどの距離でアクエスと見つめ合った。 「愛している、愛しているのだ……ディアナっ」 「私も……んっ……ふ」 アクエスは結ばれない悲しみをぶつけるかのように、ディアナのふっくらとした唇を貪る。息苦しさなのか、はたまた違う快感なのか。頭が真っ白になりかけた時、アクエスの唇は名残惜しそうに離れていった。 「ぐっ……これ以上は止められなくなる」 「はぁっ、ア、アクエス……」 「誘うように俺の名を呼ぶな。今は猛りを抑えるのに必死なのだから」 アクエスの言葉はいちいち甘い、こんなにもディアナの心臓を暴れさせるから困る。 「早く……お前を手に入れたい」 渇望するように、アクエスの手がディアナの体の輪郭を撫でる。ピクンッと反応するディアナに息を呑む彼だったが、グッと堪えるようにそっと体を離した。 「今夜はこのまま共に眠ろう」 「っ……えぇ、私もそうしたい」 ディアナたちは、抱き合いながらベッドに横になる。 先行きは不安しかないけれど、今だけはお互いの鼓動と体温だけを感じていたいと眠りについたのだった。 *** 翌朝、ディアナが目覚める前に礼装に着替えたアクエスは、議会へ向かうために寝室を出る。 すると、部屋の前にはセバスチャンが控えており、無駄のない所作でアクエスの後ろに立つ。 「結婚するのに大臣の許可が必要なんて、王子というのも不便ですね」 「違いないな」 挨拶替わりに愚痴をこぼして、会議室へと向かう。一歩後ろを歩くセバスチャンの言葉に、再びため息が出そうになるのを堪えた。 (弱気になるな、これから向かうはある意味戦場だ) 「頭の硬い大臣どもめ……。この俺を自分の娘と結婚させ、玉の輿に乗らせるか、他国の姫を娶らせ、国を大きくしたいかのどちらかだろう」 「まぁ、“アレ”はあからさまですよね」 セバスチャンのいう“アレ”というのは、大臣たちの腐りきった目のことを言っているのだろう。これまで何度も重ねた議会でわかったのは、ディアナが魔女だからというのは建前で、富や名誉に目が眩んだ権力者の成れの果てだ 「これほど、無駄な時間だと思うことはないな」 (無駄な話し合いを続けるくらいなら、愛しい女のために時間を使いたいものだ) 本来ならば、ディアアナが目覚めるまでこの腕に抱いていたかったのだが、その願望を叶えるために身を切るような思いで彼女をひとり寝室に残してきた。 ディアナともっと愛し合うためにも、今日の議会で結婚を認めさせなければ。そう思うと、重い足が少しだけ軽くなった気がした。 そして開かれた議会は、やはり平行線だった。 「クラウンディ―ナ王国にふさわしい、ミシャラハール王国の姫との縁談を進めるべきです」 「えぇ、あの国は砂漠に囲まれていますが、穀物も繊維製品の貿易も盛んで財力があります。国力を高めるためにも、最適な縁談といえましょう」 (財力だの、国力のためだの……くだらんな) この議論も数え切れないほどしているのだが、進展しない状況にいい加減頭痛がしてくる。 「俺の結婚に、政治的な役割を強要しているわけか」 「強要などと…─ただ、歴代の王はみな、役目を全うされてきましたよ」 (それを強要だと言っている) 役目というのは、身分ある王妃を迎えろということだろう。生憎、ディアナ以外の人間と結婚する気はないので、役目という単語を持ち出されようとアクエスの心がブレることはない。 「冗談じゃない、俺はディアナ以外の女を妃には迎えない」 クラウンディ―ナ国の王子は、結婚して初めて王位を継承できる。よって、アクエスが式を終えれば王に、結婚相手は未来の王妃になるということだ。 「一生を添い遂げ、共に国を守る女だ。俺がこの目でそれに値すると判断した女以外は、受け付けない」 「私は王子に賛成です」 反対意見が多数ある中、またもやアクエスを後押ししてくれたのはバジル大臣だった。 「ディアナ様は、この国の麻薬事件を命がけで解決されました。あの方いなければ、今頃この国は内側から壊れていたことでしょう」 バジル大臣がこの国を滅ぼそうとしていたことは、誰にも知られていない。優秀な大臣を失うのも、信頼できる同志を失うのも、この国にはなんの得もないと判断した俺は真実を揉み消したのだ。 「ですが、考えてもみてください。魔女を王妃になど、民が許すはずがないではありませぬか」 「魔女だからという偏見こそ、醜く許されないことだ。魔女も人も動物も平等に生きられる国でなければ、真の平和とは言えない。異質な存在を恐れる人間の醜さそのものが国を壊すというのに、なぜわかろうとしない」 アクエスは額に青筋を浮かべながら、怒りを抑え込んで冷静に話すよう務める。だが我慢もそろそろ持ちそうになく、ディアナを侮辱する大臣どもを全員牢へぶちこみたくなってきたところだ。 「そこまで言うのなら、深緑の髪を黒く染めればよいのではないですかな?」 黙っていた大臣の中で、家柄でいえば最も権力のあるガウェイン大臣が皮肉をこめた笑みでそう言った。 それにバジル大臣以外の大臣たちから、どっと笑いが湧く。 白髪をすべて後ろに撫で上げ、目元の皺が知性を感じさせるガウェイン大臣は御年六十歳を迎える。この大陸が統一される前、最北端に位置したダクルス国の参謀だった過去を持つ。 「傍目で魔女とわからぬように、瞳も抉ってしまえば考えてもよいでしょう」 ガウェイン大臣のからかいに乗っかるようにして、他の大臣たちもディアナを軽んじるような発言をする。 (……不愉快だ!!) ついにアクエスの我慢は頂点に達し、剣を抜きそうになるのだけは堪えて机に強く両手を叩きつけた。 「それ以上の侮辱は許さん!」 かつてキルダ王と共に大陸統一で功績を残してきた栄光の王子、アクエス。その身に纏う威圧に空気が凍りつき、静寂が訪れた。 アクエスは鋭い視線を大臣らに向けると、気を鎮めるように静かに息を吐く。 「口を開けば皮肉ばかり、話し合いにもならんではないか。大臣殿の器量の狭さが測り知れる」 静かな怒りを声色にたたえれば、それだけで大臣たちは怯えるような視線を向けてくる。 しかし、その中でガウェイン大臣だけは笑っていた。 まずはこの男を納得させなければ、他の大臣たちは頷かないだろう。ガウェイン大臣は攻め込まれた小国の人間である大臣たちの心を支えた存在であり、まとめ役だ。それだけに、他の大臣への影響力が強いのだ。 そんなことを考えていると、突然の会議室の扉が開いた。 「そこまでだ。これでは、話し合いになっておらんだろう」 部屋に入ってきたのは、覇王キルダ・クラウンディ―ナ国王だった。 その姿を視界に捉えた瞬間、壁際に控えている執事や大臣たちは深々と頭を垂れる。 「王からも王子を説得してください。魔女が未来の王妃様など……」 「ガウェイン大臣、ディアナのことは私も信頼している。魔女関係なく、ひとりの勇士としてな」 (父上……) 数日前わこの城から最も遠い最南端の領地で領主への謀反が起きた。なんでも領主の過剰な税金徴収が原因らしく、一部の権力者と民の反乱軍が騒ぎを起こしているのだ。 それらを鎮圧し、政治的機能を整備するという公務に追われていた父上がこうして議会に顔を出したのは、おそらく自分のためだろう。 アクエスは感謝の意を込めて、キルダ王に一礼した。 「ですが国王──ゲホッ、ゲホッ……」 言い返そうとしたガウェイン大臣が突然咳き込み、その場に倒れる。アクエスはすぐさま駆け寄り、その体を抱き起こした。 「ガウェイン大臣、しっかりするんだ! 誰か、医者を呼べ!」 ガウェイン大臣が倒れたことによって議会は中断せざるおえなくなり、王子の結婚への決議は先伸ばしとなった。 そして不幸は重なり、ガウェイン大臣が倒れてから三日後、この国では死の病ともいわれている肺の病にかかっていることが王医の診断によってわかったのだ。 *** 「ガウェイン大臣が病に?」 夜中に寝室に帰ってきたアクエスの話を聞いたディアナは、動揺していた。この国の政治を司る五大臣、その中で最も権力のあるガウェイン大臣が倒れたとなれば国の一大事だ。ディアナたちの結婚どころの話ではない。 「次から次へと問題は起きるものだな」 「アクエスも、お疲れさま」 ベッドにぐったりと腰掛けるアクエスを後ろから抱きしめたディアナは、優しくその頭を撫でる。 (アクエスは頑張りすぎなのよ、私の心配はいくつあっても足りないわ) 「お前といると心が安らぐ」 アクエスの手が、ディアナの回した腕に優しく触れた。 「ガウェイン大臣の病って?」 「一度かかれば死に至る不治の病だ。肺に巣くい、咳とともに血を吐く。他の人間に伝染る可能性があるからと、今は部屋に軟禁状態だ」 (肺の……それも喀血をともなう病) 昔、町に薬を売りに行った時も、似たような症状に効く薬を依頼されたことがあった。 それを思い出したディアナは、後ろからアクエスの顔をのぞき込んでにっこりと微笑む。 「私、その治療薬作れるかもしれないわ」 「──本当か!」 「前にも同じような症状の患者を診たことがあるの。会ってみないことには、なんとも言えないけれど魔女の薬なら効くかも」 役に立てる喜びから声を弾ませるディアナだったが、アクエスは血相を変えて首を横に振った。 「会うなどと、そんな危険な目にお前を合わせられない」 「でも……できることは、なんでもしたいのよ。それにガウェイン大臣がよくなれば、国も安心、議会も早く始められるから結婚も早まるわ。良いことずくめじゃない?」 安心させるようにおどけて見せれば、アクエスは「はぁーっ」と深いため息をつく。 そして、眉尻を下げながら曖昧に微笑んだ。 「お前は一度決めたら、聞かないからな。俺の寿命を縮めるつもりか」 「そっくりそのまま、言葉を返すわ」 (私だって、アクエスが心配で寿命が縮まりそうよ) ただ、彼が無茶する理由が理解できるから止めないのだ。その代わりディアナも、アクエスの負担を減らすために多少の無茶はさせてもらおうと思っている。 「なら、俺もついていく」 「でもあなた、疲れているでしょう?」 王子が感染したとなれば、国の一大事どころじゃない。ガウェイン大臣も罰せられてしまうし、キルダ王やアフィルカ様も悲しむ。 なのでやんわり断ろうと、ディアナは続ける。 「そんなあなたが病人になんて会ったら、それこそ感染ってしまうかもしれないわ。だからこの件は私に任せ──」 「却下だ、俺もついていく」 即答されてしまった。一度決めたことはやり遂げる主義のアクエスに、なにを言っても無駄だろうことは側にいたディアナがいちばんわかっている。頑固だなと呆れながら、彼に対して溢れるのは愛しさだ。 だって、自分を想っての発言だとわかるから。 「あなたって、強情ね」 「愛妻家だと言ってくれ」 「ま、まだ妻じゃ……ないわ……」 恥ずかしくて、また意地を張ってしまう。もごもごと答えるディアナをアクエスは愛しそうに目を細めて見つめる。 「遠くない未来そうなる。よってお前は、すでに俺の王妃だという自覚を持て」 甘い言葉と視線を浴びせるアクエスに、ディアナは頬を赤らめた。 アクエスは独占欲が強い。でもそれに縛られるのも悪くないと思っている自分がいる。 「愛している、ディアナ……」 「私も……」 愛しているの言葉はアクエスの唇に塞がれて、最後まで紡ぐことができなかった。その代わりと言ってはなんだが、ディアナは彼の唇に必死に応えたのだった。 翌日、善は急げということで、ディアナはアクエス共に隔離されているガウェイン大臣の寝所へ訪れていた。 「ガウェイン大臣、体調はどうだ?」 「これは王子……と魔女ですか」 ベッドに横になっているガウェイン大臣は王子の後ろに立つディアナの姿に気づくと、警戒心丸出しの顔をする。 そんな大臣に肩を竦めながら、ディアナは先は長そうだと苦笑した。 しかし、へこたれることなく大臣の前に出たディアナは、軽く頭を下げてベッドの側でしゃがみ視線を合わせた。 「今、他に症状はありますか?」 ディアナとアクエスは念のため、口元に布を当てている。肺の病は患者の痰や空気からの感染が多いからだ。 しかし、ガウェイン大臣は凄みを孕んだ冷ややかな視線をディアナに向ける。 「医者でもない魔女に話すことなどない」 「…………」 (やっぱり、一筋縄ではいかないわよね) でもこれは、予想の範囲内だ。ガウェイン大臣を納得させるために、ディアナも予め考えていた奥の手を使うことに決める。 「ガウェイン大臣」 「なっ──君は、なにをしているのだ!」 口元の布をはぎ取ってガウェイン大臣に話しかけると、大臣は目を剥く勢いで狼狽える。 「ディアナ、すぐに布当てをしろ!」 隣にいたアクエスも取り乱したように、ディアナの肩を掴んだ。彼に心配をかけるのはわかっていたのだが、心を鬼にしてピシャリと言い放つ。 「やりたいようにやらせて、アクエス」 有無を言わさず言い切ると、アクエスは奥歯をかみしめて渋々ディアナの半歩後ろに立ち、見守る体勢をとる。 (ごめんなさい、心配かけて……でも、私もアクエスと結ばれるために、なにかしたいのよ) 心の中で謝りつつ、目の前のガウェイン大臣から視線を逸らさずにディアナは「大臣」と呼びかける。 「これで私も、感染の可能性があるわ」 「イ、イカレている……」 「私は自分のためにも治療薬を作ります。それには、ガウェイン大臣の症状が頼りです。今、熱はありますか?」 押し切るディアナをしばらく呆然と見つめていたガウェイン大臣は、根負けしたように力なく首を横に振った。 「いいや、熱はないが血の混じった痰が出る。体も心なしか怠いし、動悸もするな」 「それは……貧血も起こしているのね。わかったわ、治療薬をいくつか試して効いたものを継続的に飲んでちょうだい」 「私は許可はしていな──」 「私とアクエスを結婚させたくないのなら、意地でも治療薬を飲むことね。でないと、勝手に結婚するわよ」 「なっ……!」 ガウェイン大臣は鳩が豆鉄砲をくらったかのような、大臣というお硬い職に就いているとは思えないほど間抜けな顔をしていた。 今までアクエスの前で、悪者を演じていた成果が発揮されたらしい。ガウェイン大臣をあっと言わせるには、充分な演技力だった。 「ふふっ、また明日来るわ」 そう言って踵を返すと、アクエスと共に部屋を出た。背中越しに扉が閉まったのを確認すると、どっと疲れが押し寄せてくる。 「はぁ……頑固ね、ガウェイン大臣って」 「俺はお前の奇行に卒倒しそうになったぞ」 (奇行って、酷い言い草ね……) でも、アクエスを不安にさせた自分が悪いので何も言い返せない。 「奇行って、当て布を外したこと?」 「そうに決まっているだろう。無茶をするなと、あれほど言ったというのに」 アクエスは、本気で怒っていた。冷静に振る舞っているけれど、眉間の皺も深く、声が小刻みに震えている。 「ごめんなさい、でも……あそこまでしないとガウェイン大臣が頷かないと思ったのよ」 「はぁ……っ、お前といるといつも生きた心地がしない」 「大丈夫よ、治療薬は作れるから」 (やっぱり、ガウェイン大臣は前に薬を売った人間と同じ病だわ) となると、空気では感染しないので、当て布を外してもディアナには害はない。ただ、咳を吸い込んだり、痰が付着した物に触れた手で食事をしたりすると感染してしまうので、関わる時は当て布をつけるに越したことはない。 なんにせよ、これなら一日あれば治療薬と予防薬が作れそうだ。 「そういう問題じゃない、好いた女が自ら危険に飛び込むこっちの身にもなれ」 「あなたと結ばれるためよ」 「それを言われたら、愛しくて怒るに怒れない。まったく、ズルイ女だな」 アクエスはため息交じりに、ディアナの額に口づけた。 その後すぐに公務に向かったアクエスを見送って、ディアナは薬剤室に赴く。そこにはスヴェンとリドル、ユンファの姿があり、変わらない景色に頬を緩めた。 「みんな、手伝ってほしいことがあるの」 ディアナは簡単に事情を説明して、みんなに協力してもらいながら、一日かけてガウェイン大臣の治療薬を作った。 そして翌朝にはガウェイン大臣に届けることができ、一ヶ月ほどかけて見事完治させることが出来たのだ。 「そう、森の方は平穏そうでなにより。あ、いくら肉が食べたいからって、森のウサギさんたちを食べたら駄目よ」 ガウェイン大臣の体調が回復し、平穏な日々が戻ってきたある日、森からバウルが訪ねてきた。 彼は大狼なので城より森の方が過ごしやすいらしい。ディアナの体調が安定してからは森に戻り、時々こうしてディアナの元へやってくると話し相手になってくれている。 『分かってるって! じゃあディアナが時々、肉の差し入れをしてくれよな!』 「もう、あなたは食べ物のことばっかりね」 庭園にある温室でセバスチャンが用意してくれた紅茶を飲みながらバウルとティータイムを楽しんでいると、遠くから駆け寄ってくる足音が聞こえて顔を向ける。 「喜べ、ディアナ!」 すると、どこか嬉しそうな顔でアクエスが走っててくるのが見えた。ディアナは椅子から立ち上がり、彼を迎えに行く。 「アクエス、今日の議会どうだ──」 「可決された‼」 (え、今なんて言ったの……?) いつもより上機嫌な声でディアナを抱きしめるアクエスに、夢を見ているんじゃないかとばかりに驚く。 「式は1週間後、この国では花婿が結婚式前に花嫁の姿を見ると不幸になるといわれている。だから、花嫁は部屋から出ることができなくなるが、その間だけ辛抱してくれ」 「…………」 「結婚式までは禊のために泉で体を清め、滋養のある食事をとり、とにかく俺のために美しくなる時間だと思って耐えてほしい。もちろん、ドレスは俺が選ぶ。いや、実はもうとっくに選んで準備してあるから、それを着ろ」 「…………」 興奮ゆえか、どんどんまくし立てるように話すアクエスの声が遠くに感じる。彼の話を聞きながらようやく実感がわいてきて、じわじわと喜びに浸っているところだった。 「ガウェイン大臣が賛成派に回ってくれたんだ。お前に深く感謝していたぞ」 (ガウェイン大臣が……そう、私のしたことは無駄じゃなかったのね) 胸が熱くなる思いで、心の中で大臣に感謝した。 「おい、聞いているのかディアナ」 『アクエスが呼んでるぞ、ディアナ!』 アクエスとバウルに呼ばれて、ハッと我に返る。 (やだ、私ったら……) 嬉しさを噛み締めすぎて、ボーッとしていたみたいだ。ディアナは再確認するようにアクエスの腕を両手で掴み、身を乗り出す。 「私たち本当に結婚できるのよね?」 「あぁ、一週間後にな」 「夫婦になれるのよね?」 「あぁ、クラウンディ―ナ王国は王妃を迎えて初めて、王位を継承する。これで俺は王となり、お前は俺の王妃になるんだ」 (あぁ……っ、夢ならば覚めないでほしい) 涙が目からこぼれて、頬を伝う。それに気づいたアクエスはディアナの左手を掬うように取ると、地面に膝をついて甲に口づけた。 ──まるで、おとぎ話に出てくるプロポーズのように。 「愛している、俺の最愛の姫よ」 「っ……私も愛してる。最愛の王子様」 三度目はきっと、結婚式でたくさんの人に囲まれながら神に愛を誓うのだろう。だから二度目の今、この瞬間だけはあなただけに誓おう。 (愛しい王子様、あなただけをずっとを愛するわ) 「それで、プロポーズはどんな言葉を王子から贈られたのですか?」 「あ、えーと、そうだったわね」 結婚式当日。支度を終えたディアナのところへユンファやリドル、スヴェンたちがやってきていたのを思い出す。 リドルにプロポーズのことを聞かれて、その時のことを考えていたら、色んな思い出が蘇ってきて完全にみんなのことを失念していた。 「私も聞きたいです、師匠!」 「王子のことですから、きっとロマンチックなプロポーズだったのではないですか?」 ユンファもスヴェンも興味津々に尋ねてくるけれど、ディアナはクスリと笑って人差し指を唇に当てる。 「残念ながら、秘密よ」 (これは、私とアクエスだけの秘密だから) そんなディアナの回答に、みんなが「えぇ~っ」と落胆の声を出したのは言うまでもない。 ──カランッ、カランッ。 婚礼時にしか鳴らない城の鐘が祝福の音を奏でる。城の中にある聖堂の大扉が左右に開け放たれ、足を進めると「おめでとうございます、未来の王妃様」と、その場に集まった大臣や貴族たちから祝福の声がかけられた。 「お似合いですよ、ディアナ様」 「おーい、ディアナおめでとー!」 セバスチャンと変身薬で人間になったバウルがこちらに手を振ってくれている。 「師匠、本当に綺麗です~っ、うぅっ」 「ユンファ、大丈夫?」 泣いているユンファの肩にリドルが手を乗せたのが見えた。ユンファもリドルも友達のように仲がよく、こうして魔女と人が手を取り合って生きていける世界になったらいいとディアナは思っていた。 その架け橋に自分がなれたらいい。少しだけ、王妃になったらしたいことが見えてきた気がした。 「ううっ、感動の結婚式ですねぇ~っ」 「スヴェン室長まで泣かないでくださいよ!」 みんなが自分とアクエスとの結婚を祝福してくれている。なんて幸せなのだろうと、ディアナは涙ぐんでしまった。 ふと視線を感じて大臣席を見れば、バジル大臣と貴族のように上品なドレスを身に纏った派手な化粧の女性、クランベルがこちらに笑顔を向けているのに気づく。 クランベルは魔女の証である深緑の髪と瞳を隠してはいなかった。 「おめでとうございます、ディアナ王妃」 「まさか魔女が王妃になるなんて、おとぎ話みたいな結末だねぇ」 (私もそう思うわ、クランベル) ずっとひとひで生きていくのだと思っていた。でもアクエスと出会って愛を知った今、もう二度と孤独には戻れないと思う。 だから自分はバジル大臣の言うような立派な王妃になれるように頑張ろう、彼の隣にいるための努力は惜しまないと心に誓う。 「ディアナ、おめでとう!」 「え……?」 名前を呼ばれて前を向けば、微笑むキルダ王とアフィルカ様の間にアクエスとそっくりの顔をした少女が小さく手を振っていた。 「あっ……」 (う、嘘でしょう……?) その姿を見た途端、ディアナは足をピタリ止める。駆け寄ってしまいたい衝動に駆られながら、今は式の途中だとなんとか踏ん張ったのだが、視線はずっと少女を捉えていた。 「私を助けてくれてありがとう。本当にありがとう、ディアナっ!」 遠ざかる背中に手を伸ばしても追いつけず、もう失ってしまったと思っていた愛しい少女。彼女が助かったのは知っていたが、こうして動いている姿を見るのはこれが初めてだった。 ──そう、そこにいたのは紛れもなくフィオナだった。 「お礼を言うのは私の方よ……っ。目覚めてくれてありがとう、フィオナ……っ」 我慢できず涙を流したディアナは、感極まってその場から動けなくなる。 そんな時、「ディアナ」と愛しい声が名前を呼んだ。ゆっくりと顔を上げれば、神父の前にクラウンディ―ナ王国の正装を身に纏ったアクエスが立っており、こちらに手を差し出している。 「花嫁衣裳を身につけたお前をこの一週間、何度も想像していたんだが……実物は比べものにならないくらい美しいな」 「っ……嬉しいわ、アクエス。あなたもいつも素敵だけど、今日は特別凛々しく見えるわ」 彼の元に足を進めて近づくごとに幸せな気持ちが、愛しさが募る。 (私はこの人と共に、生きていくのね) 自分がこんなに幸せでいいのか、不安になった。でも目の前で待っていてくれるアクエスの顔を見たら、彼とこの先の未来を歩んでいきたいという気持ちの方が膨れ上がる。 「共に幸せになろう、ディアナ。神に、お前に──永遠に愛を誓おう」 「えぇ、私も永遠にあなたを愛するわ」 ふたりの唇が合わさると、歓声と拍手が湧き上がる。夢のように温かい空気に包まれる中、ディアナは密かに幸せの涙を流したのだった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加