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かける言葉がなかった。
杏美ちゃんの涙の敗北宣言に、慰める言葉が見つからなかった。
でも、これだけは言っておこうと口を開いた。
「当たり前でしょ。それが父親というものよ」
下に俯きながら、涙を流し続ける杏美ちゃんは顔を上げて私の方を見た。
「子供を間違った方向に進ませないようにするのが親の役目であり、愛情なのよ。そりゃあ、今回の主任の行動は常軌を逸していたわ。だけど、いきなり大学には行かずに働くなんて言ったら、怒るに決まってるじゃない」
「絢奈さん………」
「冷たい事を言うけど、主任が正しい。玲くんを退学まで追い込んだのは同情するけど、玲くんに貢ぐ杏美ちゃんなんか見たくないもの」
私はそう言うと、杏美ちゃんの手を握りしめた。
「あなたは頭がいいんだから、将来をあんなチャラ男の為に無駄にしちゃ、勿体ないわよ。男は玲くんばかりじゃないんだから、また新しい男を見つけなさい」
私は力強く杏美ちゃんを励ました。
だけど、彼女は黙って下に俯くばかりだ。
「小説家になって、父親を見返すんでしょっ!ここで挫けちゃ、あんたの負けよっ!」
大きな声を出すつもりはなかった。
でも、くよくよしてる彼女を見てられなかった。
杏美ちゃんは黙り込んでいたが、手に持ってたハンカチで涙を拭いた。
ハンカチから顔を離すと、その眼から活力が伝わってきた。
――どうやら、もう大丈夫そうね。
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