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あたし、刮目。
あたし、目撃。
ささっと、まるで忍びのように――ほんもんの忍者がどんなもんか知らんけど――身を隠す。
放課後の校舎裏。告白やらイチャラブやらが行われる我が校ど定番のそこでは、あたしの同級生たちが睦み合っていた。
まぁ、いつもなら別にめずらしいことでもねーけど、さ。
まぁ、いつもなら別に身を隠すこともねーんだけど、さ。
そこでイチャついてるあたしの同級生たち、そいつらが問題だ。
校舎の角からこそっと顔を覗かせ、再確認。はぁ、やっぱりだ。あたしは天を仰ぐ。
あたしの彼氏の雅彦と、親友の百合子じゃねぇか。
雅彦たちが校舎裏の方に向かったって話を耳にしてここに赴いたわけだが、ついでに告白している奴らを冷やかしてやろうかしらん、なんて思っていたわけだが。まじか、あいつら。
あーあ、あんなに激しくキスしまくりやがって。なげーな、おい、いつまで――おっと、からみが終わったようだな。
情事を済ませ、二人して仲良く手を繋いであたしの隠れている方へと進んできた。さて、あたしはどうしよう。
1、ダッシュで逃げる。2、堂々と姿を現し糾弾する。3、泣きながら――あ、これは却下だ。あたし、こんなんで泣けねぇし。でも、この場を目撃しておいて逃げんのはなぁ。というわけで、あたしの性格上2が手っ取り早い。一先ず、申し訳やら言い訳やら釈明やらを聞いてみてやるか。
「ばぁ!」
あたしは、隠れていた角へと近づいてきていた二人を脅かすように、両手をダブルピースした状態で飛び出した。しかもアヘ顔で舌を出すおまけ付きだ。
「うわぁ!」
「ひぃっ!」
あはは、びびってる、ビビってる。ドッキリ大成功! なんちゃってな。さて、
「よっ、お二人サン。探したよん」
「ひ、向日葵」
雅彦の眼振が激しくなる。挙動不審、明らかに動揺している。そりゃそうだ。んで、
「ひま、わり、ちゃん」
百合子もまた顔面を蒼白にしている。大きく見開いた目には涙が浮かんでいる。あ、これは、あたしが驚かしたからか。
雅彦のシャツの端を摘みながら身体を震わせている百合子は、怯えた小動物みたいで可愛かった。
「ひ、向日葵」
「んー?」
「い、いつから、」
「お前らがベロチューしてるときからーっ!」
「ひっ」百合子が短く悲鳴を上げる。もう少しタイミングがずれていたら誤魔化せていたのかもしれねぇけどなぁ、残念。
「で、いつから?」
今度はあたしから逆に聞いてやる。
「あ、え?」
「だーかーらー、二人はいつからそんな関係になってんの? あ、いつからあたしのこと裏切って浮気してたのー?」
「あ、えと、それは」
しどろもどろ。答えづらいのは分かるよ? でもさ、気になるじゃん。あたしと雅彦が付き合い始めてから丁度三ヶ月くらいか。お互いが好きになって、雅彦から告白――あれ、あったかな? ま、いいや。付き合うことになって、親友の百合子が祝福してくれて。今ではクラスの、学年のみんなの公認カップルじゃんか。幸せな恋人同士だったじゃんよ。まさか、はじめから――ってこたぁないよなぁ?
「向日葵ちゃん!」
「あぁ?」
「ひっ」百合子が短く悲鳴を上げる。おっと、いけね。素の感情がそのまま口に上っちまった。
「ごめんごめん。で、どした、百合子?」
「まさ、ひこくん、は」
「雅彦はぁ?」
「雅彦くんは、悪くないの! わ、わたしが全部悪いのっ!」
はい、出ました。『わたしが全部悪い型』悲劇のヒロイン。あれか、雅彦にずっと懸想してたけど、親友のあたしのために身を引いたと。それでも自分の想いに嘘はつけなかったと。親友と好きな人の間で揺れていたわたしの悲恋。多分、そんなベタなシナリオがあるんだろ。
「わたし、二人が付き合う前からずっと雅彦くんのことが好きだった!」
「はぁ」
「親友の向日葵ちゃんも彼のことが好きだったってわかって……わたしは、それで身を引いたの」
「ひぃ」
「でもわたしの気持ちは――ずっと消せなかった! 消えてくれなかったの!」
「ふぅ」
「だからせめてわたしの想いだけでも雅彦くんにって」
「へぇ」
「それで、雅彦くんがそのわたしの想いに、応えてくれて」
「ほぉ」
やべえ、あたしの想像どストライクじゃねぇか。じゃ、次はあれだな。
「わたしだって、すごく辛かったんだよ!」
「あたしだって、すげぇ辛かったんだよ!」
はい、正解。さすが親友。
声を被せて言い募ったあたしに、百合子は酸欠の金魚のように口をパクパクさせている。
「んで?」
「え?」
「え? じゃねぇよ。あたしはいつからだって聞いたんだ。いつから、あたしを、裏切って、浮気してたんだよ、ってな」
「そ、それ、は」
百合子はとうとう俯いて沈黙してしまった。つい最近なら、こんな反応はしねぇか。つか、適当に嘘つきゃあいいのに。昨日からだよ、とか、一週間前からだよ、とか。ま、口裏なんか合わせてなさそうだしな。二人の話す内容に齟齬が出てバレることでも気にして躊躇ったか。
「雅彦」
「あ、あのな」
「雅彦、いつからだ。とっとと、言え」
「ひ、向日葵とつきあった次の週には、もう」
ほぼスタートからじゃねぇかよ! たった一週間であたしは彼氏からも親友からも裏切られてたってか。めでてぇ。この三ヶ月なんにも気づかずに恋という幸せを謳歌していたあたしも、そんな長い時間あたしを裏切り続けても平然としているこいつらも。あぁ、違うな。『すごく辛かった』んだもんな、百合子は。きっと雅彦も辛かったんだろうなぁ。
「ぷっ」
吹き出した。
「あはっ、あはは」
こみ上げてきた。
「あはははははははははは!」
追いつめられたとき、どうしようもないとき、人間は感情を反転させる。
悲しくなったあたしは、とても可笑しかった。笑いが堪えられず吹き出した。腹が捩れるくらいの笑いがこみ上げてきた。あたしは笑った。大いに笑った。
ひとしきり笑ったあたしはようやく落ち着き、目尻に浮かんだ涙を指の腹で軽くふく。目の前に居る雅彦と百合子は、そんなあたしにドン引いていた。ふたりとも頬を引き攣らせている。
「はぁ、苦しかった。さってと」
後ろ手をして少し前傾したあたしは、上目遣いで二人を見つめる。あたしの猫目――くりくりと動く猫みたいな目とよく言われる――を三日月型にいびつに歪めてじっと二人を見つめる。
「これから、どうしよっか」
「こ、これからって」
「うん、これから。なぁ、雅彦。あんた、あたしを捨てて、百合子に乗り換える? 二股はめんどくせえし、やだからな」
「あ、いや、俺は」
「うん、俺は?」
「向日葵が、好きなんだ。だから、お前と別れたく、ない」
「へぇ、百合子のことは?」
「いや、彼女のことは、その、一時の気の迷いというか、何ていうか」
瞠目し、ぽかんと口を開いた百合子が、雅彦を見つめる。「何言ってんだ、こいつ」的な唖然とした表情で彼を見上げている。ぷっ、ざまぁねぇな。でも、一時の気の迷いねぇ。でも一時の迷いが三ヶ月近く続いてんだぜ? それホントに一時的なもんか? わかってるけどな。こいつは周囲の目を気にしてる。あたしを捨てて百合子に乗り換えた、ずっと二股かけてた、なんてのが知れ渡った日には、こいつは校内的に死ねる。今後の学校生活は暗黒だ。だから少しでも傷の浅い方――あたしとやり直す方を選ぶに決まってる。ただ、今までこいつらの関係が秘匿されていたのか、ということを考えるとそれはないだろうな、とも思う。クラスの奴らも学年の奴らも、知ってたやつは知ってたんだろう……誰からもリークはなかったけど。
「百合子、あんたは?」
「わ、わたしは」
百合子は相変わらず、雅彦を見つめ続けている。雅彦は、目をそらしてるけど。
「あたしか、雅彦か、どっちを取んだよ」
「ど、どっちって」
「あたしにバレた以上、ウチラの関係そのまま続けらんねーだろ? このまま大人しく雅彦から手を引いてあたしと友達を続けるか、それとも敵対して略奪愛を続けるか」
「だって、だって、もう雅彦くんは」
「あん? あたしと別れたくないって言ったからか?」
「それに、向日葵ちゃんはわたしのこと許してくれない、でしょ? 親友を裏切っていた、わたし、を」
はぁん、百合子はどこまでいっても悲劇のヒロイン型お嬢だな。ま、そんなおバカなところがたまらなく愛しいんだけどさ。
「でもさ、百合子も冷めたろ? こんな自己保身に走って、あたしと別れたくないなんていう男なんてさ」
百合子は下唇を喰む。雅彦の考えは、流石に百合子にだってわかってるはずだ。
「そ、それでも、わたしは雅彦くんが、好きっ。たとえ向日葵ちゃんと戦うことになったとしても、諦めきれないっ」
「……百合子」
ほほぅ。親友の百合子はそっちを選ぶか。大人しいお嬢様のその強気な発言に、雅彦がちょっと感動しちゃってるじゃねぇか。
「お、俺も、やっぱり」
はぁ。みなまで言うな。雅彦も覚悟決めちゃったか。
わかった。わかったよ。こんなずっと二股かけてて、自己保身に走って、ちょっと煽ったら簡単に意見を変えるコウモリ野郎なんざ、もう――
「わかった」
雅彦と百合子があたしに顔を向けた。
「わ、わかってくれたのか!」
「わ、わかってくれたの!?」
あたしは目をぎょろりと剥いて、
「ああ、わかった、わかった。今日のところは、な?」
背を向け、その場から消えた。
「ね、雅彦くん。また、駄目だったね」
「あぁ、また最初からだ……その、さっきは」
「いいよ、ちゃんとわかってる。わたしのこと守ろうとしてくれてたって」
「……ごめん」
「向日葵ちゃん、どうやったら雅彦くんのこと諦めてくれるんだろうね。きっと、それだけ想いが強かったんだよね、付き合ってすぐだったもんね」
「……あぁ」
「好きよ、雅彦くん。わたし、向日葵ちゃんに、絶対負けないから」
「俺も、好きだ……おいで、百合子」
あたし、刮目!
あたし、目撃!
「うわぁ!」
「ひぃっ!」
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