おカネという概念がない世界

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この世界にはおカネというものは存在しなかった。 欲しいものはみんなで強力して作り出して、犯罪や争いも殆どなくみんなが仲良く暮らしている、そんな世界だった。 みんなで強力して、遠くの街に行きたい、遠くの人に会いたいと思えば、車や電車、船、飛行機を作り出し、はたまたパソコンやモバイルも作り出し、経済活動なんてものは伴わずに文明も発達させてきた。 それは、この世界を創り出した神様が描いていた楽園だったのであろう。 しかし、そんな楽園に暮らしながら何が不満だったのか、人々の心の中に欲望という感情が芽生えてしまった。 例えば、食生活ひとつ取ってみても、猟師や漁師は穀物や野菜を育ててくれる農家に対して、オレたちなんていつも危険と隣合わせて命懸けで狩りをしているのに、のうのうと畑や田んぼで安全にしているだけなのに何で同じように美味しい食事が食べれるんだと思うようになり・・ またまた、機械や船を造るメーカーの人々は、いやいやいや、鉄砲だって船だって耕作機械だってオレたちが作ってやった。それがなければ肉も魚も米や野菜も今のようには収穫できないだろう。食生活を支えてやってるオレたちに対してもう少し感謝の気持ちがあってもいいのにと思うようになり・・・ パソコンやモバイルの業者は、オレたちがいなければこんなに文明が発達して生活が豊かになることはなかった。そんなオレたちが何でみんなと同じ生活なんてしなくちゃならないと思うようになり・・ はたまた医者は、みんなの病気を治して健康に長生きさせてやってるのはオレたちなんだからもう少し感謝してもらってもいいじゃないかと思うようになり・・・ そんな欲望はどんどんと大きくなり、やがて誰からともなく考えた。 自分たちの働きや貢献に応じて良いモノが手に入って良い暮らしができるようになればいいんじゃないかと。 そして、働きや貢献に応じて欲しいモノが手に入る手段としておカネというものがついに誕生してしまった。 おカネは働きや貢献、物を売ることによって手に入り、モノや働きをいくらで提供するという値段というものも誕生した。 おカネの誕生により、貧富の差は激しくなり、支配する者とされる者も明確に区分され、戦争や犯罪も増えた。 今まではみんなで知恵を出し力を合わせて良いモノを作ってきたのに、自分たちが考えた技術を他者に渡してなるものかと企業秘密が生まれ、それを守るためにコンプライアンスというものも発生して人々はルールに縛られた生活を余儀なくされた。 おカネさえあれば何だって買える。 時には国や人の心だって買うことができる。重大な犯罪だってカネさえ払えば罪から逃れることができる。 昔なら即死刑や極刑になった婦女暴行のような重大な犯罪さえも和解、示談金とカネによって解決できるようになった。 全世界が注目するような重大な犯罪でさえも多額の保釈金を払えば保釈されるようになり、保釈期間中に箱に隠れてどこかへ逃亡してしまうというような事件も発生するようになった。 そもそも犯罪というものは本当に悪いヤツを捕まえて厳罰を下していたのに、おカネの誕生により罰金や反則金というものが生まれ、カネで解決できるようになり、また、本来は犯罪者を捕まえて処罰すべき警察でさえも反則金を稼ぐために一生懸命になる始末。 昔は本当に危険な運転だけが捕まっていたのに、些細な目くじらを立てるほどのことでもないのに捕まって反則金を取られるようになってしまった。 稼いだ反則金の中から退職した後の天下り先である交通安全協会の活動資金が拠出されるシステムまでできたので、それはもう必死で、おカネなんてなかった時には絶対になかった取り締まりのための取り締まりが横行して完全に目的を見失っている。 だが、おカネの誕生は悪いことばかりでなく良いこともあった。 昔はみんな平等にモノが与えられていたので、ある程度目的を達成すればそれ以上の進化はなかったのだが、たくさんおカネを得て裕福になるためには良いモノを作り出して良い値段で売って儲けなければならないので、各企業はこぞって製品を進化させて技術革新というものを生んだ。 サービス、労働によっておカネを得ている人はよりよいサービスや労働をしておカネを得たいと思うから仕事のクオリティーもどんどん進化していった。 だが、おカネがなかった世の中のように、みんな仲良く争いもほとんどないという世界はもう二度と返ってこない。 コンプライアンス強化、他人よりも少しでも豊かになりたいという競争社会では、本当に心を許して分かり合える人は数少なくなってしまった。 思いやりや助け合いといった気持ちは薄れてしまった。 技術革新、クオリティーの向上により生活は豊かになったが、心は貧しくなってしまった。 おカネなんてない世界に戻りたい、心が豊かで優しい世界の方がいいと誰もが思ってはいるが、欲望が心に染みつき、おカネを稼いで使うことの快感を知ってしまったからにはもう後戻りすることはできなくなった。 世界を動かすのはもはや心ではなくおカネにとって変わってしまった。 世界は創造主である神様が求めたものとはかけ離れたものになってしまい、見限った神様は人々の前から姿を消した。 おカネなんてなかった世界では人々の身近にいて、喜びも悲しみも分かちあってくれた神様はずっと遠い存在になってしまった。 ここは、おカネがない貧しい人々が住むスラム街。リストラ、失業等の非情によりおカネを失った人々が集う。 そんなスラムの酒場で貧しい男たちが僅かに稼いできた日銭で安い酒をくみかわしている。 「あ~あ、なんで世の中ってこんな冷たいんだろう。カネがなけりゃ地獄だぜ」 「まったくだ。カネなんてない世界がどこかにないものかなぁ」 そう言って男たちはうなだれる。 おカネという概念のない世界はちょっと手を伸ばせば届きそうな昔の世界。 しかし、もう取り返しのつかない世界でもある。
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