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「はあ、うどんかよ」
ひとりごちると、
「はあ? ジンくん、うどん馬鹿にしてんの?」
茜が、マスカラの付いた目を見張った。
「いや別に馬鹿にしちゃいないけどさ。引っ越しって言えば蕎麦だろう」
「そうかなあ」
茜は不愉快そうに眉をひそめた。
「引っ越しそばって、向こう三軒両隣に配るものなんだって、聞いたことあるけど? 引っ越しした当人が食べるものじゃなくって」
「それはそうかもしれないけどさ」
僕は言った。
「別に、当人が食べたっていいだろう。
特にこんなふうに、暑くてさ、疲れているときは、冷たいそばをこうズルズルッと」
「それならうどんでもいいじゃない。冷たくって、つるつるもちもち」
「いいや、蕎麦だね」
「蕎麦ってオッサンくさくない?」
「何だそれ」
どこから出た発想だろう。
思わずムッとして茜の顔を見つめてしまう。
白い顔に、うすくそばかすが散っている。
「ジンくんはオッサンだね」
茜はそう決めつけると、日差しを避けて建物の影の中に入った。
茜の顔が暗く染まる。
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