バス代が足りない!

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 中学生の頃、私の町には大きな書店がなかった。  ある日、バスに乗って隣り町の大きな書店まで買いに行った。そこで参考書を買って、またバスに乗って帰ってきた。  私の故郷のバスは、都会のバスと違い、走った距離で料金が変わる。乗車時に、番号が書かれた整理券を取り、降車時にその整理券とバス代を一緒に支払う仕組みだ。  その時の私は、実にうっかりしていた。百円玉と思っていた硬貨が、なぜかゲームで使うコインだったのだ。多分弟が、いたずらで私の財布に入れたのだろう。バスから降りる時に、初めて気がついた。 「困った、お金が足りない」  ギリギリのお金しか持っていなかったので、バス代が足りない。このコインを百円玉のつもりにして払ってしまおうか。一瞬そんな悪魔のような考えが脳裏をよぎったが、すぐに天使がまた脳裏をよぎった。 「駄目、そんなことはできない」  私は運転手に正直に話した。 「すみません、百円足りません。明日、営業所まで届けますので・・・」 「え、それは困るよ。それじゃ名前と学校名を教えて」  きっとあとで親や学校から叱られると思ったけれど、それは仕方がない。私が悪いのだから。  すると、後ろから声が聞こえてきた。 「ルリコもこのバスだったんだ。俺もここで降りるんだ」  同級生のリョウ君だった。 「はい、百円」  リョウ君はそう言って、百円玉を私にくれた。 「あ、ありがとう」  私は持っていた自分の百二十円と、リョウ君から受け取った百円玉をバスの料金箱に入れて、バスを降りた。リョウ君も後から降りてきた。 「リョウ君ありがとう、助かりました」  リョウ君にお礼を言った。 「びっくりしたよ。何かもめてるなと思って前を見たら、ルリコがいた」 「ごめん、恥ずかしいところを見られちゃった」  私は青ざめていた顔が、赤くなっていくのが分かった。でも彼でよかった。彼とは幼稚園の頃から一緒だったから、このことを学校で話したりしないことは分かっていた。 「でもリョウ君の降りるバス停は、もう少し先じゃない?」  そう、あと二つ先の停留所のはずだ。 「うん、そうだけど、たまには歩こうかな、と思って」  それから短い時間だったけれど、私の家の前まで一緒に歩いた。久しぶりに一緒に歩いた。  家に着いて、借りた百円を返すと、リョウ君は走って帰って行った。 「あれ、走ってる。もしかしたら急いでいたのかな。お金を貸してくれたおかげで、彼もバス代が足りなくなったのかも」  そんなことを考えると、ますます彼にひかれていくのを感じる、私だった。  
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