1人が本棚に入れています
本棚に追加
決断
「僕は、自分の屋敷を追い出される時に子どもらしく必死にあがきました。その時に僕は言ってしまったんです。『屋敷に残るためならなんでもします』と、言ってしまったんです。抜け目のない父は、そのことを覚えていました」
少年は額を龍の大きな額に押し付けた。
「『龍を殺して、その血を私に飲ませろ』と、言われたのです」
人と龍の間に沈黙が生まれ、焚火の音だけが残る。
「僕はきっと……龍を殺すために生まれてきたのです」
振り絞るように出された声は、ほとんど消え入るようだった。
やがて、龍が口を開いた。
「お前にくれてやる命も……教えてやる名前もない」
龍と少年は離れた。
少年は泣いていた。
「選べ……ジークフリート。お前はもう、何も持たない少年ではない」
少年は口を震わせ、銀の龍を見上げた。
「いら……ない……です」
ぽつりぽつりと、少年は思いを吐き出していく。
「名前なんていらない……僕は……僕は何も持っていなくても……名前なんてなくても……生きているんだ」
少年は声を振り絞った。
「僕にはあなたを殺せない」
少年は背を向けて湖を去ろうとした。
「そういうことは、我の目を見て言え」
振り返った少年の目には、銀の龍の宝石のような瞳が映った。太陽の光がそのまま宿っているような輝きが、少年に向けられていた。
「少年、以前話したことがあるな……我は、龍は名がなければ存在できないと。しかし、人はその限りではない。お前に施された呪いは、必ずしもすがる必要はないものだ」
龍はずいと少年に顔を近づけると、「目を閉じよ」と告げた。少年はそっと目を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!