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再会
波のない湖にたどり着くと、少年は焚火の準備を始めた。特に決めていたわけではなかったが、自然と身体が動いた。
火が勢いをつけ始める。
少年は、絶えず変化する火と静かな湖を交互に眺めた。
いつしか、湖に波が生まれた。
龍はすぐそこにいた。大きな顔を少年に近づける。
「約束通り、会いにきたぞ……少年」
「お久しぶりです……銀の龍」
「名は取り戻せたのか」
「はい」
少年は初めて龍の顔に手を触れた。
「ジークフリート……僕の名前です」
少年は龍の固い表皮を撫でる。
「龍殺しか。その名を呪いを込めてお前に授けるとは、お前の父親はやはり酷な人間だったな」
「僕もそう思います」
「して、我を殺すか。その身に宿した呪いと、悪魔の力で」
「僕の中に、悪魔がいると分かっていたのですか」
「ぷんぷん匂うから、お前に姿を見せるつもりはそもそもなかった。だが、お前の粘り強さと我自身の好奇心には勝てなかった」
「それが命取りでしたね」
「ぬかせ……まあ、そうだな。ただ、我もただで命を差し出すつもりはないぞ。お前との約束は『再び会う』だ。それしか約束していないからな」
「名前を教えてくださいとでも頼んでおくべきでした。」
少年は冗談っぽく笑う。
「そういえば、悪魔の力はどうやって手に入れたのだ。それは聞いていないぞ」
龍が長い首をかしげると、少年は微笑んだ。
「大したことではないです。クライスという男に全財産を持ち去られたという話はしましたよね? あの直後に恐ろしい悪魔が現れたのです。悪魔は人間を唆して、人間から何もかも奪ってしまうそうですね。年端もいかない僕を、途方に暮れているであろう僕を、悪魔は格好の餌だと思ったようです。
『何も持たないお前にチャンスをやろう。お前の願いを叶えてやる。だが、代わりにお前の大事なものを一つよこせ』と悪魔は言ってきました。困りました……だって、僕には足と口と知識と頭くらいしかなかったのですから。そこで、だめもとで言ってみたのです。
『あなたが僕から奪うもの……『名前』でもいいですか』
悪魔は喜びを隠し切れないと言った表情で答えました。
『もちろん、それで構わない。では、お前は何を望む?』
僕は悪魔の問いに対して『あなたが持っているのと同じだけの力が欲しい』と答えました。『でも、あなたが本当に願いを叶える力があるのか信用できません。あなたが僕の名前を奪う前に、僕の願いを叶えてくれますか』と付け加えて。
『いいだろう』
悪魔は意気揚々と答えました。
僕はこう念を押しました。
『では約束してください、僕にあなたが持っているのと同じだけの力をください。その後で、僕の名前を奪ってください』
悪魔は『約束しよう』と言って、きちんと約束を果たしました……半分だけですが」
少年は笑った。
「悪魔は僕に力を分け与えた後、僕から名前を奪えませんでした。
『お前には何もない!! 名前もない!!』
慌てふためく悪魔に僕は言いました。
『僕には足があります。あなたとお話しできる口もあります。ある人からもらった知識もあります。それなりに考える頭もあるみたいです。それに、幸運もあります。幸運というのは、そう、――』」
話を聞いていた龍が、鼻息を荒くした。
「「――あなたに出会えたことです」」
人と龍の声が重なると、湖に二つの笑い声が響き渡った。
湖が揺れた。木々が揺れた。空が揺れた。龍と少年もこれまで生きてきた中で一番、全身を揺らして笑った。
ひとしきり笑った後、少年は続きを語る。
「悪魔は全身から血を吹き出して死んでしまいました。約束を果たせなかったからだと、僕にも分かりました。その時から、僕は相手にも自分にも約束を守らせる力を手に入れました。」
「ふむ」
「悪魔の力のことを話さなかったのは、あなたが警戒して僕と話をしてくれないことを恐れたからです」
「はっはっは、無駄な心配だったな。悪魔の力を身に宿していることなど最初から分かっている」
「あはは、そうみたいですね」
少年は笑うと、何度も瞬きした。
「以前、話しましたよね。名前と己の存在は切り離すことができないという話を。あれは、人間である僕も同じみたいです」
龍は目を細めて少年を見つめた。
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