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魔咬
庵の床に敷き詰められた織物に、流れ出た血が新たな模様を描いていく。
砂の城が崩れるが如くその場に倒れ伏した魔導士は、その妙なる文様を翠玉の目で追う。
――己の『死』を思った。
「死は全ての借りを支払ってくれる」とはこのことか。と、全くの他人事のように己を顧みる。
存外な、――身の程をわきまえない望みを願い抱いた『借り』の支払いが、この『死』だった。
魔法に携わる者は、死に際しても魔法に則る。
その魂は魔力の源泉たる魔界の淵に沈むか、付き従えていた魔物へと喰われるかのどちらかだった。
己は後者か――。と、魔導士が目を閉じ掛けたその時、心の臓が大きく鳴った。
その一音は魔力が尽き枯れかけた魔導士の体の隅ずみにまで、代わりの何かを行き届かせた。
「あ・・・・・・」
唯の一声だったが、魔導士が発した言葉には明らかに苦痛以外の響きが備わっていた。
魔物の黒く冥い、しかし緋い焔が灯る目が魔導士を見下ろす。
「魔咬を聞き及んでいたとしても、その身へと受けるのは初めてだろう?」
「・・・・・・」
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