Longing for spring.

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* * *  春風に乗って桜の花びらが舞い上がり、その後はふわりふわりと落ちた高校の入り口。薄紅色、花びらのシャワーを浴びて、きらきら光る春の日差しに、結月は目を細めた。春霞(はるかすみ)がぼんやりと幕を張って、クリアブルーの空を濁らせている。花粉も一緒に舞い、鼻を(くすぐ)られ、くしゃみが出た。硬いローファー越しに地面を感じながら、校舎に入った。 (高校生になったのにイマイチ私はパッとしない。朝の電車がいい例。良い事をしようとして裏目にでる。) 「結月! おはよっ!」 「おはよっ」 結月の肩を、同じ制服に身を包んだ、ショートカットの女子が叩いた。返事をした結月は振り返って中学から一緒の綾羽(あやは)の顔を見た。途端に電車を降りた時から言いたかった出来事が口から飛び出しそうになる。一気に感情が溢れ、電車での一部始終を結月は綾羽に告げた。 「なにそれ? そのジジイ、信じられない。せっかく満員電車で席、譲ったのにその態度はないよね?」 「うん、怖かった。高校生になったから少しでも大人っぽい事したいなって思ったんだけど、裏目に出ちゃった」 「でも、席を譲れって怒っても、譲られて怒るとか意味が分からない。人の優しさが分かんないのかな?」 綾羽が当事者よりも興奮して会話をするため、結月は思わず笑ってしまった。高校の校舎も春の気配を感じ取ってなんだか落ち着かない。 新学期、春の風、新しい制服の独特の匂い、先生、生徒が行き交って、名前のない匂いと空気が生まれる。教室に入り自分の席に鞄を置くと、綾羽が再び結月に話しかけた。 「で、その、助けてくれたイケメンにお礼は言えたの?」 綾羽はにやにやしながら、そっちの方がさも本題かのように結月に告げた。 「え?」 結月は口に出すのも恥ずかしくて、小さく口を開けて綾羽の大きな瞳を見た。 「え? じゃないよ。顔真っ赤にして、恥ずかしがり屋な結月が男子の事を話すのは珍しいし、ヒーローみたいに言うから、少女マンガ的な展開を期待して聞いたんだけど」 「少女マンガって…」 結月の心臓は速度を増した。急に緊張する。 「ま、いいけど。西条高校って分かってるんでしょ? 電車でまた会った時にお礼が言えたらいいね」 「うん、言えたらいいなって思う」  綾羽の言葉に頷いて、結月ははにかんだように笑った。  電車から吐き出された人混みに飲まれないように、庇ってくれた逞しい腕。掴まれた自分の腕を見て、その時の心臓のざわつきを思いだした。顔が熱い。見上げた顔は身長差で遠かった。  結月はそれからの日々、登校、下校と電車に乗車時にも降車時にも、せわしなく、西条高校のビニールバックを持つ長身を探した。4月、5月と春から夏に近づく季節に、時が移ろっても諦めなかった。けれど、満員電車の中に目的の制服とビニールバックを見つけることは出来なかった。
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