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 合宿から帰ってすぐに理央の日常は戻ってきた。夏休みなんてあまり関係なく大学に行って、たまに初期臨床研修のための病院見学に行く。先生に頼まれたTAのアルバイトをして、最低限の家事をこなす。気が向いたら映研サークルの飲み会にも参加した。  カフェにも、週に二、三度は顔を出した。日向は理央がお願いした通り、アルバイトを続けてくれた。  合宿以降何か変わったことがあるとすれば、人と会う予定がない日もカフェを訪ねるようになったことだ。あとはもう一つ。――勃たなくなった。  先生に失望されて落ち込んだのに、出会い系アプリを止めることはできなかった。アカウント名を変え、写真を変えただけで、相変わらず電話ボックスを待ち合わせ場所に指定して客を品定めしている。  長年の癖のようにスーツのサラリーマンを選び、ひしゃげてしまった承認欲求を満たすようにベッドの上で褒め言葉を浴びた。  だが、今や先生に抱かれる想像なんてできなくなっていた。中年男性を誰かの代わりにすることができない。おっさんがおっさんのまま理央の目に映る。  たしなめられ、懺悔した末に勃たくなって、それでもできてしまった空洞をそのままにしておくことも心許なくて。その他大勢を使って刹那的に気を紛らわせた。  それを知ってか知らずか、日向は理央が店から出ていくときに外まで見送ってくれるようになった。 「またね。気をつけて帰ってね」  日向にそう言われるたびに後ろめたくて、まっすぐ電話ボックスへ向かうことはできなかった。  そういえば、日向は先日の作品をコンペに出典するのは止めたらしい。代わりに文化祭で上映会をするから来てくれと誘われた。  何事もなかったかのように再開した日常だが、合宿での五日間は理央の周辺に爪痕を残しまくっていた。 「理央、大丈夫?」 「え? 大丈夫って何がですか?」  弄っていたスマホを伏せ、コーヒーがなみなみ注がれたマグカップを受け取った。 「顔色が悪い。急にアルバイトをお願いしたけど、無理させてるんじゃないかな」 「無理なんて、そんなことないよ」  程よく忙しさを感じていた毎日に、アルバイトが週二日追加された。健全な労働をして金を稼いでいると、出会い系に求めるのはいよいよ快楽だけになった。そういう意味では、以前よりクリーンな生活だが、時間は確実に足りなくなった。 「ちゃんと睡眠は取れてる?」 「大丈夫だよ。暑くて寝苦しいのもそろそろ落ち着いてきたし、ちゃんと寝てる」 「そのわりにふらついて見えるんだけど、くれぐれも無茶はしないようにね」 「大丈――」  そう言いかけて留まった。体調か素行か、どっちの話だろうか。まあ、どちらにしても、先生に対しては「大丈夫」以外の答えを用意していない。  自分の子供でもない、十五年前に死んだ親友の子供にすぎない理央を、先生は変わらず心配してくれている。本当に、当時と何も変わらずに。  理央だけが変わってしまった。理央は今、この優しさをはっきりと裏切っている。まだ出会い系アプリを続けているとバレたら、今度こそ先生に見捨てられるだろう。 「理央?」 「大丈夫だって。ありがと」 「辛くなったらいつでも言うんだよ?」 「はーい」
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