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 窓際のテーブル席に座り、本沢理央は今しがた読み終えた冊子の表紙を撫でた。 「聞いてねえんだけど……」 「あれ? 文化祭で上映会するよって言ったよね?」 「俺は客として行くって言ったの! なんで、登壇して、舞台挨拶なんて、そんなのは監督のやることだろ!」 「あ。もちろん、理央さんだけじゃなくて、僕も檀上にあがるし、一緒に出演した他の二人もあがるよ? だから緊張しなくても平気平気」 「いや……、なんで当日に言うんだよ……」  理央は大袈裟気味な溜息をつき、半分ほど残していたアイスコーヒーを肺活量の限りで吸った。  映研サークルの合宿が終わってすぐのころ、M大の文化祭で理央も出演した映画の上映会をするとは聞いていた。だから、理央は何とか都合をつけて、今日こうしてM大の辺鄙な場所にあるキャンパスに来ていられるのだ。  しかし、誰が都内の大学十校と合同で上映会をすると思う? 誰が二八〇人も入る視聴覚室を貸し切ってそんなイベントを主催すると思う? 少なくとも、S医大の文化祭にはそんな規模の上映会はない。  日向の行動力に脱帽しながら、理央はストローの端をがしがし噛んだ。 「コンビニ行く恰好で来たっつーの……」  日向と待ち合わせをしたときからおかしいとは感じていた。いつもの日向はスタイルに物を言わせた、Tシャツとデニムというシンプルな服装が多いのに、今日に限っては片手にジャケットを持っていたのだ。  一方の理央は、安定の量産型大学生ファッション――どころか、オーバーサイズの変なTシャツだ。 「ね、その一筆書きのマンボウみたいなTシャツね。でも理央さんは綺麗だから服装は何でも大丈夫だよ」 「お前、俺に帰られたくなくて必死なだけだろ……」 「そんなことないのに。何回言っても『綺麗』だけは信じてくれないんだから」  不貞腐れた顔で理央からグラスを奪うと、日向は残っていたコーヒーを飲み切ってしまった。 「そろそろ戻らないと始まるよ?」  席から立ち上がろうとしない理央の頬を撫で、日向が困ったように微笑む。これでは理央が駄々を捏ねているみたいじゃないか。 「理央さん、お願い」  理央は立ち上がり、可愛く見上げてくる日向にまた特大の溜息を吐いた。 「……お前のジャケット、貸してくれるならいいよ」 「本当? そんなのいくらでも貸すよ!」 「あー! もー!」  理央は叫びたくなる気持ちを抑え、日向からジャケットを受け取った。日向はトレーを持ち、ご機嫌な様子でグラスを返却台に置いている。  どうしてこうも日向からのお願いを断れないんだろう……。 「俺、今日すごい楽しみだったんだよね」 「まあ、初監督作品だもんな」 「それもあるけど、俺が撮った綺麗な理央さんをみんなに見てほしくて」 「はあ?」 「観た人に俺が理央さんのこと好きだって気づかれるかもしれないね」  日向がご機嫌すぎて、一周半まわって腹が立ってくる。 「いや、理央さんだって、俺が本気で『綺麗』だって言ってるって信じられるようになると思うな」 「別に、もう信じてるけど」  理央は日向の目が丸くなるのを見届けて、すたすたと文化祭会場への道を急いだ。  後ろから日向が追いかけてくる気配がする。理央は下がりきった目尻を引き上げ、日向に追いつかれる前に、両手で強く頬を揉んだ。 fin
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