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(つーか、ひとりでも泊まってきゃよかったな……)  ホテルから自宅のアパートまでは歩いて五百メートルもない。なのに、それが今はやけに遠く面倒な道のりに思える。  シャワーは家に帰ってから浴びればいいと思ったが、男の放ったものが肌に残っているせいでどうも臭う。臭いわ、服はよれよれだわ、頬は腫れているわ。そんな三重苦の状態で外を歩いていいわけがなかった。アパートまでの道中にはコンビニやコインランドリーがあり、明るいところも多く、人目もある。 「はー……やば……」  ひどく惨めになってきて、理央はうつむいたまま前髪を掻き回した。 「わっ!」 「あ、すみません……っ」  おまけに足元が覚束ないせいで人にぶつかる始末。しかも真正面から突っ込んでしまったようで、ぶつかった相手に立ち止まらせてしまった。  白のアディダス、ジーパンの裾、長い脚、アイスが入ったコンビニの袋。 「ほんと、すみませんでした――……あ?」  ぶつかった相手を見て言葉を失った。 「り、理央さん?」  理央の前にはまた、目を丸くさせた日向が立っていた。ふらつく理央を大丈夫かと気遣い、何も言わないでいるのをあたふたしながら待っている。 「ま、た、お前かよ……」 「え?」  理央は日向から顔を背けて弱く笑った。もう猫を被る気力も取り繕う体力もない。ぶつかったはずみで肩を掴まれているせいで、今回は無視して逃げることもできない。 「今といいさっきといい、タイミング良すぎんだろ。どっかで見てたわけ?」 「見……、ちがっ、俺は偶然コンビニに――」 「嘘に決まってんだろうが。真に受けてんじゃねぇよ」 「ええ……?」  自分でも呆れてしまうほどの八つ当たりだが、日向は困ったように笑うだけだった。 「えっと、理央さんひとりですか? 男の人と一緒だったんじゃ……」  日向の目がホテルの方を見た気がした。  どうしてこうも会いたくないタイミングで会ってしまうんだろうか。  みすぼらしい姿を見られた。おそらく、男と寝ていたと気づかれてしまった。  混乱も一周半以上すると、怒りの矛先は自分の不運より先に、ひとりでラブホテルの前を歩いていた日向に向く。  日向とは今まで一度だってカフェの外で会ったことはない。どうして今日に限って二度も会うはめになったのか。 (行動変えてんじゃねぇよ……)  早く日向から離れたくて、理央は肩を掴んでいた手を払いのけ、大股で家路に踏み出した。これ以上日向と話すこともない。  ところが、日向は行かせてくれなかった。 「理央さん、それ、どうしたんですか?」  日向の視線は理央の頬に注がれていた。街灯の青白い灯りでも、男に殴られた頬の腫れは目立つらしい。 「……お前には関係ない」 「もしかして乱暴されたんですか?」 「はあ? 男相手に何言ってんだ。合意のうえだわ」  日向の目が信じられないものを見る目に変わる。 「殴られたのに合意?」 「だからお前には関係ないって……」  居たたまれなくてその場から逃げようとしたが、それよりも早く日向に腕を掴まれていた。強く引っぱられ、とっさに反応できなかった理央の足は縺れて転びそうになった。 「あっぶねぇだろ! 離せ!」 「そんな状態で放っとけません、早く冷やさないと!」 「そんなことは言われなくてもわかってんだって、だから離せって言ってんの!」 「俺の家ここなんで」  ここ、と言って日向が立ち止まったのは、今まさに理央が出てきたラブホテルの向かいだった。駐車場と住居者専用ごみ置き場の間に裏口らしい扉がある。呆気にとられたまま視線をあげたが、マンションのてっぺんは視界に入らなかった。何度も通っているのに、高層マンションの裏口がこんな場所にあるなんて意識していなかった。  もしかしなくても、ここは電話ボックスの向かいにエントランスがあるマンションだ。 「風呂も貸します」 「はあ?」  いや、理央のアパートだってすぐそこなのだ。心配してくれるのなら、早く帰って休ませてくれ。そう思うのに、消耗しきった体では日向の強い力に敵わなかった。あれよあれよという間に、理央はエレベーターに押し込まれていた。
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