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 日向の部屋は極めてシンプルだった。少し広めの玄関と、理央の部屋の倍はありそうなワンルーム。家具は少なく、ぱっと見ただけではベッドとテーブルくらいしか見つけられなかった。 「学生がいい部屋に住んでんだな。家が金持ちとか?」  日向はその質問には答えなかった。理央を脱衣所に案内するなり、「ゆっくり入ってください」と言い残して部屋へ戻ってしまった。  強引に連れて来られたわりに肩透かしをくらった気分だが、今さら逃げ帰る気は起こらなかった。  シャワーで体を流し、大人しく湯船に入った。透明な湯は張ったばかりらしく、清潔で湯加減もちょうどいい。日向がコンビニから戻ったら入るつもりだったところを、理央が横取ったようだ。  少し心苦しいが、気持ち良すぎて、肩まで沈むとふぅと息が漏れた。 「てか、足伸ばせる風呂ってなんなの。おまけに窓まであるし……」  軽口を叩けたうちはよかったが、体が温まってくると、客に殴られた頬が痛みはじめた。鏡を見れば、頬だけでなく肩や二の腕も鬱血していた。この分だと明日にはもっと痣が増えているだろう。治るまでは遊べそうにない汚い体だ。  ベッドの上で今日のようなヘマをしたのは初めてだった。それが、可愛いカフェ店員とすれ違ったことが原因なのだから笑えるし、その原因の家でこうして呑気に風呂を借りていることもいっそ笑える。 (あー……、このあとどんな顔しよ……)  日向は理央の癒しだったが、別に好きなわけじゃない。誰かにこんな風に動揺させられるのは久しぶりだった。 (……まじで、柄じゃない……)  一瞬眠っていたようだった。目を開けると、心配そうにこちらを見下ろす日向と目が合った。 「理央さん、大丈夫ですか?!」 「ん……、寝てただけ……」 「あんまり出てこないから、倒れてるかと思った……」 「ごめん……」 「大丈夫ならいいんですけど」 「や、のぼせてる。もう出る」  脱衣所に戻り、日向に渡されたタオルで体を拭いた。風呂に入ってさっぱりしても、やはり体は重いままだった。少し足がふらつく。  理央はタオルを腰に巻き、再び脱衣所に入ってきた日向に視線を投げた。 「何?」 「これで顔冷やしてください」  差し出された氷水の袋を、礼も言わずに受けとる。 「それ、腰にも痣が……」 「強く掴まれたらこうもなる」 「……ひどい、こんな綺麗なのに……」  そうつぶやいた日向の声は、理央の神経をしっかりと逆撫でした。 (どいつもこいつも面倒くせぇ……)  理央は洗面台に手をつき、胸に溜まっていた息をすべて吐き出した。 「なあお前さあ、俺が恋人からDVでも受けたとでも思ってる?」 「もしそうだとしたら警察に通報する」 「バーカ。これは俺が接客中にしくって殴られたの」 「接客……?」 「そう。俺、おっさんとセックスしてお駄賃もらってんの」  日向が怯んだのがわかった。幻滅どころか軽蔑されただろう。今まで誰にも言わなかったことを、勢いあまって言ってしまった。 「カフェによく行ってたのは、おっさんとの待ち合わせに便利だったから。はじめて四年くらいだな。けど、なんか知らねぇけど、最近お前に会うと調子悪くて、今日はこのありさま」 「俺?」  理央は狭い脱衣所の中で、日向に詰め寄った。 「お前さ、男もいけるくち?」 「は? 突然何……」 「いいから答えろよ」 「そんなこと聞かれても……」  アレルギー的に否定しないということは、無理ではないということだ。顔には出さなかったが、意外で驚いた。 「なら俺はいけそ? 一回やらせてやるからさ、カフェのバイト辞めてくんない?」 「へ?」  もう自棄っぱちだった。
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