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6
理央は腰のバスタオルが落ちたことも厭わず、日向に抱きついた。日向のシャツがじんわりと理央の水滴を吸って冷たくなる。それを気にせずにくっつき続けていると、シャツ越しに日向の体温が伝わってくる。
早鐘をうつ心臓が、間違えて口から飛び出してきそうだった。
中年男性が好きな理央にとって、日向は若すぎるし趣味じゃない。理央が受け身である以上、孔は問題ないだろうが、それでも、もしこのまま日向と行為が始まったら――と思うと、言ったそばから後悔した。
日向のことは気に入っていた――。
「それさ、なんで俺が辞めないといけないの?」
「え?」
「今までカフェでしか会わなかったんだから、もし俺に会いたくないなら、理央さんがカフェに来なければよくない? 今日たまたま外で会ってびっくりしたって言うなら、この辺のホテルを使わなければいいじゃん。だって俺の家はここなんだから仕方ないよ。なのに、なんで俺がバイト辞めないといけないの? 理央さん、自分勝手すぎない?」
「は、……はあ?」
「もういいから早く服着てよ。俺、そんなこと言う人に興味ない」
大きな溜息と共に床に落ちたバスタオルを渡される。
「髪乾かすならドライヤーはここね。替えの服は……俺のしかないけど、背もそこまで変わんないしいいよね?」
てきぱきと動き始めた日向に、理央は置いてけぼりをくらった。「ほら早く」と急かされ、言われるがままに服を着て、髪を乾かし、タオルでくるんだ氷を頬に当てる。
「こんなに世話がかかるなんて、理央さん意外すぎ」
日向にそう言われ、理央は憮然とした。こちらから世話を頼んだつもりはない。
「で、なんでなの?」
「なんでって何が?」
「なんで援助交際なんてしてるの?」
グラスに注いだ麦茶を飲みながら、二人でフローリングに胡座をかいた。少し尻が痛いが、日向の部屋にクッションなんて気の利いたものはないらしい。
理央はグラスの水滴を弄りながら、どう答えたものか悩んだ。
中年男性に抱かれたくてやっている。そう答えたところで、また「なんで?」と聞かれるのがオチだ。その「なんで?」に上手く答えられる自信はない。
「普通に金のためだろ」
「え、お金に、困ってるの?」
「困ってるってほどじゃないけど、余裕があるわけじゃない」
理央がそう言うと、日向は押し黙ってしまった。沈黙が嫌で、残り少ない麦茶をちびちび口に含む。
何かを考えている日向には心苦しいが、事実を誇張はしても、嘘はついていない。
実際、理央の両親は他界していて、理央はその遺産を食い潰しながら生活している。学費は特待生のため免除されているが、勉強が忙しくてまともなアルバイトができない状況では、金がもらえるに越したことはない。
「だからって……」
「いいんだよ。おっさんも俺もウィンウィンなんだから別に」
この生活を続けて四年なのだ。今さら何を言われたところで変える気もない。
日向は溜息を吐くと、肩を落とし、じっとこちらを見つめてきた。癒しのカフェ店員と同一人物だなんて信じられないほど、その視線は無遠慮で、表情は喜怒哀楽がはっきりしている。裏表がないのは嫌いじゃないが――。
「お前、カフェで話してたときと違いすぎないか?」
「それを言ったら理央さんの方が酷いでしょ」
「俺は猫被ってたから」
「うっわ」
日向がげんなりした顔をする。
「なんだよ。お前もじゃん」
「違うから。一緒にしないでよ。俺は、……すごい綺麗だって見とれてた人が、蓋開けたらこんなで緊張しなくなっただけ」
「何? お前、俺のこと綺麗とか思ってたの?」
理央が「うえっ」と言って体を引くと、日向は慌てて背筋を伸ばした。
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