未来からきた娘

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未来からきた娘

 彼女とパーティー会場を後にして帰宅したときだった。マンションに戻り、新城さんに謝礼を渡そうとしたときに知らない子供が玄関の前にいた。女の子だ。幼稚園児くらいだろうか? 迷子か? でもなんで俺の家の前にいるのだろう? 「パパ、おかえり」  パパだと?  俺はパパじゃない。彼女もいないし、結婚もしていない。当然、子供を作る機会すら今までの人生の中でなかったのだ。きっと迷子に違いない。警察に届けるか。 「わたし、ほのかっていうの。6歳のねんちょーさん。未来からやってきまちた」  たどたどしい日本語が 幼稚園児らしさを物語っていた。   「パパじゃないから、本当のパパを探すために警察に行こうか?」  俺は冷静に女児をたしなめた。   「ほのか、パパの写真持っているよぉ」    これは撮った覚えのない写真だが、たしかに俺自身が歳を取ったら、このようになるであろう姿が映っていた。多分十年後ならば、こんな感じだろう。しかも日付は十年後である。しかし誰がこんないたずらをしたのだろう? そんないたずらをしても誰も得をするとは思えないし、メリットもないだろう。  そして、この写真の驚くべき点だが、妻となる女性が映っている。それは、隣にいる新城さんの十年後の姿だった。   「ママもいてよかった」  その女の子は、隣に立っている新城さんをママと呼んだ。この子の主張が正しいのならば、新城さんが俺の嫁になるのか? このまま俺たちは両思いになって結婚するというサクセスストーリーになるのだな? そうなのだな? 心の中で確認してみた。 「どうやってここに来たの?」  新城さんが目線を子供と同じ高さにして、優しく問いかけた。こんな表情は初めて見る。   「気づいたらここにいたの」  普通に考えたら 誘拐犯が置き去りにしたとか、迷子だとか虐待の末、放置されたとか。放置子か? ネグレクトか? 悪い話しか思い浮かばなかった。   「私たちがこの子を保護して、帰宅できるまで育てましょう」  新城さんが冷静に提案した。やはり肝が据わっているというか、しっかりしている。  児童相談所に通報しないといけないとばかり思っていた俺だったが、新城さんが育てるという意思を見せたことに驚いた。  子供好きには見えなかったから、それも意外だったのかもしれない。子供に見せる表情は、普段の無表情な彼女からは想像できないほどの優しい表情だった。   「この子の話が本当ならば、警察に届けても親はいないし……。施設で育てられるというのも、かわいそうだし。だったら、親である私たちが育ててあげたほうがいいのではないかしら?」    新城さんは、俺たちの子だと認識したのだろうか?  親である私たち――というフレーズにこっちがドキッとした。 「でも俺は昼間、仕事で家にいないし……」 「私が面倒見ます。家政婦の仕事はかけもちをしていますが短時間なので、育児との両立は可能です」   「もしよかったら、俺の家に使っていない部屋があるので、そこに寝泊まりしてもかまいませんよ。一緒に育てましょう。僕たちの子供なのですから」    思い切って提案してみた。  女性と子作りするような経験もない男が、僕たちの子供というワードを発する時点で恥ずかしくてむずがゆくなる……。しかも俺たちは恋人でもない。ましてや夫婦でもないのだが――ほのかのおかげで距離が縮まった。はじめての責任ある共同作業がはじまったからなのかもしれない。  新城さんは、俺の発言に突っ込むこともなく丁寧にお辞儀をする。 「この子が帰るまで、少しの間お邪魔させてください」と俺の意見を受け入れた。    さっそく――日曜ということもあり仕事が休みだったので、俺は、ほのかと遊びつつ未来の俺の姿を聞き出そうと思った。その間、新城さんは自宅に戻り、自分の着替えや洗面セットなどを取りに行った。  ほのかの持ち物は、小さなポシェット一つだった。  そこには、写真と見たことのない形の携帯電話のようなものが入っていた。   「これ、なんだ?」  携帯電話のような見たこともない機器について聞いてみた。   「これは電話だよ」  やっぱり電話だ。今あるものとは形が違う。 「これでパパと話すことができるよ」 「未来のパパに電話をかけてみろ」 「いいよ」  慣れた手つきで携帯電話を触るほのか。 「もちもち?」  もしもし、じゃないのか? 相変わらず舌足らずだ。 「パパ? 今、昔に来たよお。こっちに 若いパパいるよお」    つながるのか? 本当のお父さんに迎えに来てもらうチャンスじゃないか。      俺は急いで、ほのかの電話を奪い取った。そして、事情を説明しようと思ったのだ。   「うちに娘さんがいるのですが、迎えに来てもらえないでしょうか?」   「昔の俺か?」    聞きなれた声が返ってきた。自分自身の声が少し年齢を重ねた声になっていた。   けれどもちゃんと会話が成立していて、自分の声がそのままこだまのように反響しているわけではなかった。    本当に不思議なのだが、未来から来たことが本当ならば、未来の自分と対話しているのだ。聞きたいことがたくさんあった。新城さんと結婚したのか? 十年後はどんな仕事をしてどんな生活を送っているのか? なぜ、この娘が俺のうちにいるのか?   「実は、俺の妻がタイムマシーンを開発中でな。娘が勝手に妻のラボでいたずらしたらしく、過去に戻ったみたいなのだ」    妻がタイムマシーンを作っている? ラボ?  新城さんが研究開発をしているというのか?   「未来に戻るにはどうしたらいいのですか?」   「携帯電話がタイムマシーンの機能を備えているのだが、まだこちらは調整中だ。すぐに未来に戻る方法はない。完成したらすぐ対処するから、それまで自分の娘の面倒を見てくれ。その携帯電話は充電なくてもずっと使える使用になっている。何かあったら連絡をしてくれ」   「色々聞きたいことがあるのですが」   「未来の姿を教えることは本来は、ダメなことだ。細かいことは教えられないが、その娘が自分の娘だということは本当だ」   「新城さんがこの子の母親なのですか?」   「あぁそうだ。しかしこれ以上は教えられない」    真実を中途半端に知ってしまうと色々気になることが出てくるものだ。    未来を中途半端に知ってしまった俺は、育児を恋人でもない女性としばらく行うことになった。デートも結婚も恋愛すらもしないまま 育児をすることになってしまうとは、前菜を食べずに主食が来たような気分だ。    子作り経験も育児経験もない俺が、タイムマシーンとやらがあちらで完成するまで―――この舌足らずの娘と寡黙な新城さんと3人で生活をするのが不安よりも楽しみになっていた。  晩御飯を食べてテレビを観て、風呂に入って―――そんなあたりまえの日常が俺にとっては新鮮で……。詐欺だとしても、こんなに楽しいなら騙されてもいいや、というような気持ちになっていた。    
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