はじめての同居

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はじめての同居

「本当に僕とあなたの子供という話を信じているのですか?」   「わかりませんが……あの子を放っておけないのです」   「恋人はいないのですか?」  一番気になっていることが聞けた。 「えぇ……いません。以前……ストーカー被害にあって今は名前を変えて、別人として生活しているのです」  そんな過去があったのか。彼女の人生を少しだけ垣間見た瞬間だった。 「おはよぉ」    あの子は幻だったのではないか? と朝起きた後に思ったのだが……違う。  幻ではない。実在する俺たちの子供が目の前にいる。猫っ毛でやわらかい茶色がかった髪に寝ぐせがついている。やっぱりひいき目に見なくてもかわいい。俺に似ているのだろうか? なんて冷静に観察するが、自分で似ているところを探すことは意外と困難だ。   「パパは仕事に行くから、ママの言うことを聞いて、いい子にしているんだぞ」と言いながら、ほのかの頭を撫でる。頭も小さい。    他人のお子様にすら触ったこともなかったので、全てが新鮮だった。即席パパの割には、自分でもうまく台詞が言えたように思う。自分をパパと呼ぶことや新城さんをママと呼ぶこと自体、胸のあたりがくすぐったい。そんな小さなことに少し照れている自分がいた。  家族のために仕事を頑張るぞという気持ちで、俺は会社に向かった。誰かのためになんて、今まで思ったこともなかったくせに。一生結婚できないかもしれないと心のどこかで思っていたので、正直この状況はおいしい出来事だった。    俺たちの奇妙だけれどもあたたかい同居生活はこうしてはじまった。反面、ほのかが未来へ帰るかもしれないという不透明な事実が、不安を掻き立てた。幸せの裏側には不安がある。幸せと不安は表裏一体なのだ。    一日に一度、未来の俺と連絡をとる。ほのかのことを報告するためだ。もうすこしでタイムマシーンが整備されるらしく、帰宅できるという話だ。短い話の中で、未来の俺の生活を聞き出そうとしても、未来の俺は口が堅い。    ほのかに聞いてみるか。 「パパは未来ではママと仲良しなの?」 「うん。お仕事いそがしいけど、なかよしだよお」  甘くて溶けそうな笑顔をふりまく、ほのか。 「ママはタイムマシーンを作っているの?」   「じいじの会社で働いているよお」    じいじって俺の親父のことか……。そういえば、幅広く事業を展開しているからな。見込みのある分野ではお金の出し惜しみをしない、親父らしい企業戦略だと思うが。    新城さんって何者なのだろう? 語学が堪能な科学者ということか? でも、そんなすごい人が俺の嫁になるなんて、普通ありえないよな……。    そんなことを考えていると、ほのかが言った。 「若いパパとママに会えて、ほのか、しあわせだよお」        
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