チャリン初め

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 105回目の鐘がなり終わった時、初詣の列は大通りの向こう側にまで達していた。  2020年こそは初男を、と思って地元の神社へ早くに並び始めたが、残念ながら私と妻はすでに5、6番目となっていた。 ……ゴーン! 「あーあ、今年は一番だと思ったのになぁ……。」 「まあ、それでもいいことあるよ。これだけ前の方なんだし。」 ……ゴーン!  それもそうだな、と妻の言葉に頷きながら、私はポケットの中の五円玉の孔を弄る。無病息災、家内安全、大それた事を望む必要はない。私はこの小さな幸せが長く続くことを望もう。 ……ゴーン! ーーそして、年が明けた。  典仕(てんじ)に案内され参拝客の列が境内へと通される。初男を重用する地元の神社では、初男のみ一人で参拝し、それ以降の参拝客は5人ごとにお参りすることになっていた。つまり、私たちは2列目の参拝客であった。  拝殿の階段を途中まで昇って足を止める。先頭の男を除く誰もが、今か今かと自分の番を待ち望んでいた。  ところが、皆に背中を見守られる中、今年の初男はなかなか参拝を済ませようとしない。 「何やってんだ、おっせーな。」 「ちょっと、聞こえるよ。」  次第にざわつき始める他の参拝客。チラと振り返り、その様子を見たその男は、初男とは思えない狼狽ぶりを見せると、懐から大きな塊を取り出して投げ入れ、いそいそと二礼二拍手一礼をし、悔しそうな顔で去っていった。 「なんだ、アイツ。財布でも投げ込んだのか?」 「ほっときなよ、ほら、ウチラの番だよ。」  階段を登り、ポケットの中から取り出した5円玉を賽銭箱へと投げ入れる。ふと5円玉の転がった先を見ると、薄暗い賽銭箱の中ではQRコードが煌々と光を放っていた。  キャッシュレスが進む世で、私は無意識のうちに初男の多幸を祈ってしまった。 <了>
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