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数日がたった。いつの間にか私たちは、友達になっていた。今日は彼と一緒に音楽室で歌う日だった。
「ここが音楽室かぁ」
「公立の学校なのに綺麗なんだね」
あとでわかったことだが、この高校は県のコンクールで毎回金賞をとっている吹奏楽部があるらしい。
「ところで君が背負っているのって、ギター?」
「そうだよ」
「弾けるの!?」
「そこそこくらいだけどね」
わたしには楽器を奏でることができなかった。下手だった。ギターやピアノを弾きながら歌うことに憧れた時もあったが、そんな夢はすぐに崩れ去った。
「じゃあそろそろ歌いますか」
「そうしよう」
そう言えば、わたしがノリで一緒に歌わないかと誘ってこの約束が成立したため彼の歌を聞かぬまま合わせなくてはならないのだった。いったい彼の歌はどんななのだろうか。早く聴いてみたくて仕方がなかった。
「でもなんの曲歌うの?」
「それはもちろん」
決めていた。
「aimerさんのRE:IAMだよ」
わたしは歌い終わる前に、いつもこの曲を歌って終わる。この歌はわたしに歌うという楽しさを知らせてくれた大切な一曲なのだ。こんな日に歌わないでどうするというのだ。
「それじゃ、いこうか」
歌い始めた。
[Please hear me I want to tell you]
彼の声は海の上ですやすやと寝る天使の寝顔くらい澄んでいて優しかった。しかし、サビでは小さじ一杯くらいの悲しさと赤色のドレスのような優雅さを感じる。その歌はわたしの歌とうまい具合に噛み合う。なんとも心地いい。今まではスマホで調べてカラオケの音源を使ってやっていたからか、ギター の音に合わせて歌うという新鮮味もいい。しかしながら、少し気に食わないこともあった。歌い終わったあと彼に聞く。
「わたしの声を引き立てようとしてたでしょ」
「仕方ないだろ、僕は歌が下手なんだから」
「下手なら尚更できないことでしょ」
「そうかなぁ」
なんともうまくはぐらかしやがる。
「本気で歌わない理由はなんなの?」
「僕は本気で歌ってるはずなんだけどなぁ」
「嘘つけ、こうなりゃ意地でも聞き出してやるわよ」
「かかってきなさい」
およそ30分ほどわたしは彼に問いただした。彼は負けを認めた。
「僕のお父さんはシンガーソングライターなんだ」
「しかも結構有名なね」
誰でも知ってるくらいの有名人だった。
「でも僕はあの人の歌、嫌いなんだよね。歌詞に気持ちが入ってないし、歌声も別段特徴があるわけでもないし」
有名になればなるほどアンチは増えるものだと思うが、まさか実の息子がそうだとは。誰も思うまい。
「それで僕はあの人を超える歌手になって、才能のなさを実感してもらいたかったんだ」
「歌はもちろんギター、ピアノ、ドラムなどなど楽器もひたすらに練習した」
「けれどわかっちゃったんだ。僕はあいつの息子だってことに」
「歌もギターも所詮あんなもんさ。僕には才能はなかったんだ」
「でも君は違った。声に才能が溢れてた。今はまだ荒削りかもだけど、いずれ輝く原石なんだよ、君は」
「だから僕は君のことを応援してるよ。また明日も君の歌声聞かせてね」
彼が帰ろうとした時、わたしは言った。
「じゃあなんで今日ギターを持ってきてくれたの?歌ってくれたの?」
「君はまだ歌に未練がある。やりたいっていう気持ちがある」
「ならさ」
「わたしと一緒にバンド組まない?」
彼は戸惑った。
「で、でも君って楽器弾けるんだっけ?」
「そんなの他の人にやらせればいいでしょ?」
「そんな人この学校にいるとは思えないけど」
確かにそうだ。
「なら軽音楽部を作っちゃえばいいんじゃない?」
「そんな無茶苦茶な」
「わたしは君と歌いたいと思った。あとは君次第だよ?」
彼は長い時間考えていた。結論は以上だった。
「わかったよ。やってやるよ」
「ほんとに?」
「ただし条件がある。まず部長は僕がやる。そして、バンドの人数は5人にする。そして、日本で一番有名な高校生バンドになる」
日本で一番有名になる、そんな雑な条件が彼の発言であることに戸惑った。
しかしなんとなく、そんな未来も見えていた。
ここから私たちの物語は始まる。
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