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彼女は、アンジェラは、ハインツが行っている隔離政策で隔離された村の一つで、能力者ではない普通の女の子として産まれた。
そこで、普通の女の子としてなんら変わりのない生活を送っていた。将来的に政策の一環として、能力者達を産みだす道具になるのかもしれなかったが。
とても美しく、そして賢く育ったアンジェラ。
彼女が十四才になって少し経った頃だった。
アンジェラは隔離地を統括する役人達から、山の小屋に攫われ、男達より集団でレイプされた。まだ、処女であったのに。規定では能力者達を産みだす道具として交配を行うのは、満十六才からとされていた。
「どうせ、将来は能力者達を産みだす道具になるんだ」
男達は美しかったアンジェラに普段から欲望の眼差しを向けていた。そして、酒に酔った勢いからレイプしたのである。
しかし、悪行はすぐにばれるものであり、男達は警務隊にすぐに捕まり処刑された。一人残らずに。そして、アンジェラは男達の誰かも分からない子供を身ごもり、約十月十日経ち産まれた赤ん坊は皮肉にも高い能力を持った能力者であった。
十五歳と言う若き身で産んだ赤ん坊は、すぐにアンジェラから引き離され育成監察官の元へと連れていかれた。泣き叫ぼうが、赤ん坊を強く抱き抱えようが意味はなく、連れ去られてしまった。
それからのアンジェラは、人が変わったかのように勉強をしハインツ首都にある軍隊の養成施設へと入学。そこでも他の人間の何倍も努力し、二十歳になった時には首席で卒業するとそのまま、戦場監察官へと志願した。
狂戦士達と幾つもの死地を乗り越えて生きた。数えきれない死体の山を乗り越えて。
彼女が二十五になった頃だった。
軍隊に所属していて、アンジェラを知らない者はいないというくらいの実績を誇るエリート監察官となっていた。
そのアンジェラに一人の狂戦士が配属された。
CodeNo.842。十才になったばかりの少女。育成監察官と引き継ぎを追えると、アンジェラは早速少女の実力を知るために戦場へと出た。
Aランカーと言われていたが、ほとんどA+と同レベルと言われてもおかしくないくらいの実力を持っていた少女。
842はよく戦い、アンジェラとの息もぴったりで相性も大変良かった。しかし、少女は他の戦場監察官への応援に行った際に、監察官の采配ミスにより部隊の全滅。辛うじて842の遺体だけは返ってきた。
暗い霊安室で対面するアンジェラは、僅か数ヶ月程しかペアとして組めなかった少女の遺体を眺めていた。まるでゆさ振れば起きそうなくらい綺麗な死に顔をしていた。
少女の美しかった深い紺色をした髪に触れる。
何度も洗ってやった事のある長い髪を。
そこでアンジェラはある事に気がついた。
今まで気づかなかった、生え際の中にある痣。髪で隠れて見えなかった痣。
『……!!』
その痣に気づいたアンジェラは泣き崩れた。少女へすがって声を押し殺して泣いた。かつて十五才で産んだ自分の赤ん坊と同じところに痣のある少女を抱いて。
それからそれから十年の歳月が流れた。
その間にアンジェラは戦場監察官として責務を果たして早めに引退し、育成監察官へと任務を希望し多くの能力者を狂戦士へと育て上げ、戦線へと送り出した。まるで自身が機械になったかのように、祖国のためにと。
彼女は育成監察官になると、毎年欠かさず842の墓参りへと行っていた。そして十回目の842の墓参りから戻ると、軍部の人間が一人の赤ん坊を連れてきていた。亜麻色のふさふさとした髪、すやすやと安らかに眠るその寝顔。
その赤ん坊はかつてない程の高い能力を持って生まれたと説明された。
アンジェラが顔を覗き込んだその時、先程まですやすやと眠っていた赤ん坊が目を覚まし、あうあうと言いながら、アンジェラの方へと手を伸ばしてきたのだ。
軍部の人間によると、産まれてからここに来るまで一度も起きることなく眠っていたそうである。アンジェラ気配を感じると目を覚ました事に、軍部の人間もこれは運命かも知れませんねと笑っていたが、赤ん坊へ差し出したアンジェラの指を産まれたばかりの精一杯の力で握る赤ん坊を見ながら、十回目の墓参りの後に連れてこられた赤ん坊に、それ以上のものを感じたアンジェラであった。
「お母さん、手を繋いでも良いですか」
「お母さん、お話しを聞かせてください」
「お母さん、一緒に寝ましょう」
「お母さん、私は何者ですか」
「お母さん」
「お母さん」
「お母さん」
「お母さん、大好きなお母さん」
「ヒトミ、あなたは優しい子」
「ヒトミ、あなたは強い子」
「ヒトミ、あなたは私の愛した子」
「ヒトミ」
「ヒトミ」
「ヒトミ」
「ヒトミ、あなたは私の大切な娘よ」
「ヒトミ、忘れないで」
「あなたは私から愛されていたことを」
「さよなら……愛しい娘」
「さよなら……ヒトミ」
「さよなら……」
1103に斬りかかろうとしたアンジェラの首が刎ねられた。愛して止まなかった1103から。ごろりと転がるアンジェラの首。それを見つめる1103が誰にも聞こえない程の小さな声で呟いていた。
「お母さん、ごめんなさい」
ふんふんふふふんふんふん♪
ふんふんふふふん♪
ふんふんふんふふふんふんふんふん♪
ふふふふんふんふん♪
「大好きなお母さん、さようなら」
ふふふふ♪
ふふふふふん♪
ふふふふ♪
ふふふふふん♪
ふふふんふふ♪
ふふふん♪
ふんふふふんふんふん♪
いつまでも二人でよく歌った鼻歌が、静まりかえった闘技場の中で流れていた。まるで、母と慕ったアンジェラとの別れを惜しむかの様に。
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