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「ねぇ、お母さん。私は人間じゃないの?」
普段ならまだはっきりと会話ができるはずのない年齢の幼女がお母さんと呼んだ女に向かってそう尋ねた。
「いいえ、ヒトミ。あなたは人間よ。他の人よりもずっとずっと能力が高いだけ」
その女はヒトミと呼んだ幼女を引き寄せ膝の上へと向かい合わせに乗せると、小さな身体を優しく包む様に抱いた。まるで、何かから幼女を守る様にして。
「私の大事なヒトミ。私から離れて行くまで、私とさよならするその日まで、私はあなたを強くし、そしてたくさん愛するわ」
そう言うと、女はヒトミの頬へ自分の頬をつけると、どこか悲しそうに囁いた。
「お母さん、泣いてるの?」
幼いヒトミの小さな手が、彼女の頭をよしよしと撫でている。ありがとう、大丈夫よ……彼女はそう言うとにこりと慈愛のこもった瞳で笑った。
ふんふんふふふんふんふん♪
ふんふんふふふん♪
ふんふんふんふふふんふんふんふん♪
ふふふふんふんふん♪
女は食事を作る時、洗濯物を干す時、ヒトミを寝かせつける時によく鼻歌を歌っていた。そのせいか、ヒトミも真似して鼻歌を歌うようになっている。
二人は特殊な関係であった。
母娘の様に見えたが、実はそうではない。
ヒトミは能力者と呼ばれる物であり、世間一般では人扱いされない。能力が低ければ奴隷、高ければ狂戦士として育てられる。そんな彼女らはなんの運命か二十歳の誕生日を迎えると死んでしまう。そのため、能力の高い物は育成監察官と呼ばれる軍関係者の元に生まれてすぐの新生児のうちから預けられ、必要な教育を受ける。寿命の短い狂戦士が早く戦線へ出征できるようにである。基本的に狂戦士達は十歳になると戦線に正式に出征している。そのため、軍から、いや国から消耗品として人権もなく扱われている。
ヒトミはその能力者の中でも飛び抜けた能力数値の高さをたたき出した事により、数々の実績を誇るエリート育成監察官のアンジェラの元へと預けられているのだ。
ヒトミはそのずば抜けた能力の高さから、今まで育ててきた能力者達よりもアンジェラが舌を巻くほどに成長スピードが速かった。
五歳になる頃には身の丈以上ある大鎌をまるでバトンで遊ぶ様に扱っている。そんなヒトミがとても頼もしかった反面、やはり他の能力者達よりも早く自分の元を去っていくという寂しさ、そして、こんな小さなヒトミが何も疑いもせず人殺しの訓練を受ける姿が痛ましく思えた。
以前のアンジェラならこんな気持ちにはならなかった。こんな気持ちになるのもヒトミが初めてだったのだ。
能力者を即戦力として戦線で使用できる狂戦士へと育てる。今までのアンジェラなら軍命に従いその様に行ってきた。全ては祖国の安定のためと。
「お母さん、お母さん。森の中で兎を見たわ」
「どんな兎?」
「茶色で小さくて、私を見たらすぐに逃げたわ」
アンジェラはヒトミから寝る前に必ずその日にあったことの話しを聞く様にしている。そうすることで自分で考え話す力が出来るからだ。本来なら、狂戦士達にそんな事は望まれていない。
自分で考える事をさせてはいけない。能力者達は上からの指示を何の疑いもなく受け入れ、実行する物でなければならないからだ。
しかし、アンジェラはこのままいくとヒトミが他の能力者達よりも早く出征命令が出ることを予想していた。そうなると、他の狂戦士達よりも幼く小さな体で戦うには難しい面も出てくる。
武器を失えば素手で戦わなければいけない。それだと能力で勝っていても純粋に力で負けてしまう。
アンジェラは、ヒトミにあらゆる物を使い戦う方法を教え、そして、それらを自分で考えて使える様に訓練した。その為に、寝る前に話しをする。
そして、もしも将来ヒトミが狂戦士の道から……
アンジェラは、ヒトミの寝顔を見ているとそんな叶わない夢の様なことを考えてしまう。
何故、アンジェラはそこまでヒトミを想うのか。何故そこまでヒトミを愛するのか。
それには彼女の出身地と過去にあった。
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