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五年も実家に寄りつかなかったおれだが、ムシのいいことは承知の上で、親を頼ろうと思って帰ってきたのだった。
だがこんな状況では、とても切りだせる話ではなかった。
「本当にただ顔を見せに来ただけだから」
おれは無理に笑って、話を打ち切った。
ところが、風呂から上がって、自分の部屋で髪を乾かしていると、おふくろがやってきた。
「これ、お父さんからよ。使って」
そう言って、分厚くふくらんだ封筒をおれの前に滑らせてきた。
開けてびっくりした。一センチほどの厚さの札束が入っていた。
「何、これ?」
「だから、お父さんがね、使いなさいって。いるんでしょ、お金?」
「いや、いいよ、こんなの。こっちだって、生活、楽じゃないんだろ?」
「大丈夫よ。まだこれくらいのお金なら、なんとかなるの。ね、いいから受け取っておきなさい」
いいよ、いいから、と何度かのやりとりのあと、結局おれは受け取ることにした。正直、のどから手が出るほど欲しいお金だった。
「ごめん。あとできっと返すから」
「いいのよ。お父さんもあたしもすっかり歳とっちゃって、もうあんたにしてやれることはなくなっちゃったの。だから、せめてこのくらいはね」
そう言うと、まるで菩薩のようにやさしく微笑んで、部屋を出ていった。
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