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Klara【クラアーラ】
さて、私、猫の Raniは小一時間ほど眠っていたのでしょうか?
気が付くと、まだまだ夏の空は暗くはなっていませんでしたが、流石に肌寒く感じる時間帯になってきたようです。
Die Vögel singen.
ほら、鳥たちが冴えた空気に歌いだしましたよ。
教会を後にして、Tönenger haus の前まで戻ってくると…。
あれあれ、伯爵のお城の敷地と町との境界にあたる Das Kanzleitorの門の坂から続く市庁舎の前の階段を、息せきって青いドレスの貴婦人と、その後ろから若くて可愛らしいエプロン姿の Das Stubenmädchenが、慌てたように走りながらやってくるではありませんか。
おやおや、あれは Fürstin Elisabethですよ。
なぁんて事、御供に Das Stubenmädchenたった一人なんて、尋常じゃありません。
いつも気位が高くて領主様のお城の敷地内だったらともかくも、どんなに近くったって、お城の外側つまり Das Kanzleitorを境界とした向こう側の市民達の住む町の区域では教会に行く時でさえ、いつも白い手袋をした運転手が慎重に運転する長くて黒いピカピカの車を数台連ねた上に、数人のお供の取り巻きの御婦人達と御供の女中達を、ぞろぞろと引き連れてから移動されるあのエリザベト様が…ですよ。
…あれあれ、まあまあ、ほら、Kaiser AdolfPlatzの石畳を、長いドレスに転びそうになりながらも、ご自分の足を使って、それも走っているなんて…。
あらま。
ほら、転んじゃった。
今迄見たこともないような珍しい光景…。
ホント、尋常じゃありません。
今日っていう日には、滅多に見ることのない、空走る Die F-Bahnを一度に三台も見てしまうし、一体どうなっているのでしょうねぇぇ。
ほぉら Kellner-Str. を、歩いていた人達も、気が付いてみんな驚いて固まったように止まっちゃったじゃないですか。
ist mirdoch egal Muff.
そして転んだ夫人を起こして上げてドレスの裾をはたいている Das Stubenmädchenは、銀鼠色のドレスに糊の効いた白いエプロンを掛けて濃い栗色の髪を Der Chignonにしてレースの白い布飾りでそれを覆っていますよ。
あれ、そうこうしているうちにエリザベト様が、こっちにやってきますよ。
流石にお店にいた何人かのお客さんも、ローゼマリーもハンネローレも、エリザベト領主夫人に気が付いたようですね。
みんな一斉にお店の中から出てきて領主夫人に御挨拶しようと、し始めたその時です。
“Hannelore, Ich saß in der Klemme! Können wir kurzmal unter vier Augen sprechen?”
(ハンネローレ、困ったことになったわ。ちょっと二人だけで話せないかしら?)(*2)
店の中から出てきたハンネローレの姿を見るや Fürstin Elisabethが、上品な青いドレスを翻しながら Kaiser AdolfPlatzに、響き渡るような甲高い大きな声で叫びました。
…あらあら、みんなその場にいた人達が、これまた驚き顔ですよ。
Tönenger hausの玄関前の、石の階段を飛ぶように駆け上がると、領主夫人エリザベトは、白い仕事着を着たままのハンネローレの背中をもどかしそうに叩きながら、あっけにとられているローゼマリーとお店にいた数人のコンディトライのお客様達を尻目に、玄関エントランスの奥にある楢の木の扉の向こうの、この館の住居部分へと消えていきました。
「領主夫人は一体どうなされたのかしら?」
「なにやらとても、慌てていらしたわねぇ」
「珍しいこともあるものだ」
ローゼマリーはコンディトライの店にいた数人のお客様達と、そんな風に言いながら、いつも通りに接客をこなしてから、店にいた最後のお客様をお見送りした後、まだ閉店時間には早すぎる時間なのですが、玄関の扉にLeidergeschlossenと、書かれた小さな木の掛け看板を早々に吊るしてから、玄関エントランスに立ったままで、辛抱強く領主夫人を待っているDas Stubenmädchenに向かって、住居部分へ通じる楢の木の扉を開けながら声を掛けました。
“So, kommen Sie herein,bitte!Möchten Sie etwas trinken?”
(さあ、どうぞお入り下さいな!なにか飲まれます?)
すると、Das Stubenmädchenは、緊張が解けた少しだけあどけなさの残るぎこちない表情で挨拶してきます。
“VielenDank! Ich bin Klara.”
(ありがとう。私、クラアーラ。)
その可愛らしい笑顔の Das Stubenmädchenは、ローゼマリーよりは、ほんの少し年上に見えました。
“Rosemarie.”
(ローゼマリーよ。)
領主夫人が開け放していた表の扉から、こっそりエントランスに入ってきていた私ラニイは、この二人の美少女の様子を、もちろんすっかり見ていましたよ。
初対面の二人は、そのまま二人で暫く話していましたが、どうやら気が合ったみたいですね。
たちまちお互い打ち解けて、あっという間にduで話をしています。
まあ、でも Die Duzschwesterっていうのは、普段お店で忙しく働くローゼマリーには必要ですからね。
これはとてもいい事ですよ。
まあ、ちなみに私ラニイには Das Schiefe Hausに住む Nalaという友猫がいますけどね。
“ist mir doch egal. Schnurre Schnurre Miaaau.”
ローゼマリーは、彼女を住居部分の扉を開けて向かって左手にある Die Kücheへと案内します。
台所には調理台にもなる古いテーブルが置いてあり、そこに木の椅子が二つ並んでいました。
普段のお昼はローゼマリーとハンネローレは、この台所で休憩を交代で取って、時間をずらして食べているのですよ。
ローゼマリーは大抵お昼前の早い時間に昼食を取ってから、午後3時に Die Milchpauseを、この私、ラニイとしています。
「なんだかここの台所美味しそうな、いい匂いがするわね!私、実は朝から何も食べてないの」
Der Gasherdには硝子鍋が置いてあり、それを見た Klaraは、すっかりくつろいだ様子で言いました。
「えっ?朝から何も食べていないですって?」
それを聞いて、コーヒーの豆を挽こうと用意していたローゼマリーは、手を止めて驚いた様子でクラアーラに尋ねます。
「ええ、今日は本当に朝から大忙しで、食事をする暇なんて全くなかったの
だから、もう熊みたいにお腹がすいて犬みたいに疲れているわ」
そう言うと、椅子に座ったKlaraは、机の上に大げさに突っ伏してしまいます。
その様子を見てローゼマリーは、気の毒そうに言いました。
「Klara、私達がお昼に食べた Lumbe unn Flöeでよければ、まだこの硝子鍋の中にあるのだけど味見がてら少しここで食べていく?」
「まあ、うれしいわ。ありがとう、是非頂きたいわ。Lumbe unn Flöeなんて美味しそうね!」
Lumbe unn Flöe、何か美味しそうには思えない料理の名前ですって?
まあ、名前は確かにとんでもないですけど…。
でも、この料理はなかなか美味しいのですよ。
ハンネローレのお気に入りの料理で、我が家のお昼御飯によく出てくるメニューなのです。
ちなみにこの料理を簡単に説明しておきます。
Miau!
豚バラ肉と豚脂を火にかけてから玉葱、人参、ジャガイモ、キャベツを加えてしばらく一緒に炒めた後で鍋で水と一緒に半時間ほど煮込み der Kümmelと、塩と、挽き立ての白胡椒で味を付けたもので名前の由来は定かではありませんが私ラニイの猫の眼には確かに肉や野菜に、くっ付いたキャラウエーシードが食器の中で跳ねている蚤みたいに見えます。
えっ?やっぱり美味しそうに思えない?
“ist mir doch egal.SchnurreSchnurre Miaaau.”
さて、そうこうしているうちにもローゼマリーは、机の上に、花模様の刺繍の施された縁がレース仕立てになった白いテーブル掛けを広げて、その上に Lumbe unn Flöeの入ったスープ皿に Das Roggenbrotを二切れ添えた食事と、金色に並々と Der Apfelweinが入った小さ目の Die Bembelと、Das Gerippteに模様入りの紙ナプキンに包んだスプーンを手際よく並べてゆくと、最後に机の上の蝋燭に火を灯します。
椅子に座ってワクワクしながら、その様子を見ていたKlaraは、すっかり準備が整うと嬉しそうにローゼマリーに言いました。
Mahlzeit.
ローゼマリーはそれに悪戯っぽいウインクで答えてから Klaraが、美味しそうに Lumbe unn Flöeを食べている間に、挽き立てのコーヒーを入れると、お店から取って置きの Der Am-Mainkranzを持って来て切り分けてから Klaraに向かって微笑みます。
「Klaraどうぞ、ゆっくり食べていて頂戴ね。私は、ちょっと上に行ってくるから」
それからローゼマリーは Der Am-Mainkranzを二切れと、コーヒー二杯分を、それぞれにお盆に乗せてから、いつもより少し慎重な足運びで木製の螺旋階段を Der Zweite Stockの居間へと運んでいきました。
Der Am-Mainkranz…これは Am-Mainの花冠という名の通り、とても綺麗な Am-Mainのご当地ケーキです。
この町は厳密にいうと少しばかり Am-Mainからは離れていますが、それは、まあいいのですよ。
ほんの少しだし…。
気を取り直して、小麦粉にふくらし粉と砂糖とレモンの皮と卵とバターを混ぜて作った生地を、真ん中に穴の開いた26センチのリング状ケーキの焼き型 Die Am- Mainkranzformに入れて焼いたケーキスポンジ台を輪切りにして、間に Die Konfitüreを挟んでから通常ならば、室温に戻したバターと牛乳と砂糖と Das Puddingpulverで作ったクリームに、これまた通常ならば Das Kirschwasserを入れて風味付けしたものをケーキ全体に満遍無くたっぷりと塗って、Die Mandelnを細かく砕いて乾煎りしてから覆いかぶせるように全体にまぶして最後に花冠の飾りとして絞り袋に入れて星口金で丸く絞り出したクリームの上に、これも通常ならば Die Cocktailkirscheを飾るのですが、ここからが我がコンディトライの Unsere Speyialitätなのですよ。
Muff.
そう、ハンネローレの Die Konditoreiの Der Am-Mainkranzには、Das Kirschwasserの代わりに Der Rosenlikörが、風味付けとして入っていて、そして Die Cocktailkirscheの代わりに真っ赤な薔薇の花弁の砂糖漬けが乗っているのです。
それからもちろん Die Konfitüreの代わりは DasRosengeleeなのですよ。(*10)
すごく素敵でしょう?
ちなみに、この Der Rosenlikörと、薔薇の花弁の砂糖漬けは、城主夫人エリザベト様の自慢のお庭から毎年分けていただく特別に香高い食用薔薇から作られているものなのです。
この Der Rosenlikörの他にも Der Rosenzucker、Der Rosensirup、Das Rosengeleeなどなど特性の製菓材料を隠し味に使って作るうちのコンディトライのお菓子達は格別な味わいだと Am-Mainからだって、わざわざ買いに来るお客様も沢山いらっしゃるのですよ。(*10)
…ねぇ。すごいでしょう。
“Ist mir doch egal. Schnurre Schnurre Miaaau.”
写真は私物(無断転載は禁止)
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Lumbe unn Flöh(襤褸と蚤)はヘッセン弁です。標準ドイツ語では有りません。
Mahlzeit(いただきます)は、いまいち上品な言葉では無いのであちらでこの言葉を使う時はちょっとだけ注意が必要です。
参考引用文献
(二)
気持ちが伝わる!ドイツ語リアルフレーズBook
著者:滝田佳奈子 発行者:関戸雅男
発行所:株式会社研究社
ISBM 978-4-327-39425-7 c0087 Printed in Japan
(十八)
Rosen a la carte
Die Delikatessen-Manufaktur
Layout NorbertHetkamp
Druck Hinckel Druck GmbH wertheim
Printed in Germany
ISBN-10:3-00-018711-1
ISBN-13:978-3-00-018711-7
(*2)参考引用文献(二)P30,P48より引用。
Hannelore, Ich war in Schwierigkeiten. Können wir nicht einfach mit zwei Leuten reden?
(ハンネローレ、困ったことになったわ。ちょっと二人だけで話せないかしら?)
と言う言い方も出来ますが、ここではドイツ語のことわざを紹介したかったので、お話上の文章に致しました。ちなみに今回、引用をさせて頂いた尊敬する滝田先生の書籍は、ことわざが豊富で大好きです。是非皆様も機会があれば触れてみて下さいませ。
(*10)参考引用文献(十八)P67~P73 P106より参照。
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