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Die Myrtenkranz für Hochzeiten【結婚式の銀盃花の花冠】
話を元に戻してと、ローゼマリーは螺旋階段から Der Zweite Stockの居間へと、幾分緊張しながら礼儀正しく入って行きます。
“Ein Stück vom Am-Main kranz,prima!”
(アン・マイン・クランツ。いいわね!)
下に固い円錐のクッションが置かれた Das Schesslongの半扇形に広がった肘掛に、さも疲れたようにぐったりと体を預けていた領主夫人エリザベトは、目の前の丸テーブルの上にローゼマリーが運んできたケーキ一切れとカップ一杯のコーヒーを見るなり、溜息を大きく一つ吐いてから優雅に微笑むと寛いだ仕草で早速ケーキを口に運び始めました。
その一方で、丸テーブルを挟んで二つ置いてあるソファーと同じ薄青色に薔薇の花の描かれた帯状の模様のついた布で張られた Der Stuhlに座っているハンネローレは、強張った難しい顔をして運ばれてきたケーキに目もくれずに何やら考え込んでいます。
「そんなに難しい顔をしないで頂戴、ハンネローレ。貴女のところなら大丈夫よ。それに、これだけの報酬が、しかも前金で支払われるならば何も問題ないでしょう?明日には貴女の銀行の口座に全額を振り込むように手配しておくから」
「それは、とてもありがたいお話なのですけれど…」
「なら決まりね。ところで、本当にこの Der Am-Mainkranzは美味しいわ。もしよかったら明日の午前中に、Klaraに取りに来させるから、このケーキと同じ物を丸ごと一つ用意しておいて頂けるかしら」
「それは、よろこんで、城主夫人」
「もう、ここではエリザベトでいいわよ。 基幹学校時代には、いつも一緒になって遊んでいた私達の仲じゃないの」
そう、ハンネローレと領主夫人エリザベト様は Die Grundschuleの同級生だったのです。
貴族階級だった領主夫人のお父上は自由な考え方をお持ちだったので、御自分の子供達を一般の子供達も通う基幹学校に行かせたのですよ。
その頃から二人はとても気が合っていて、大人になった今でも私的な場所では、duで話す仲なのです。
領主夫人エリザベト様は普段は澄ました余所行きの顔をしていますが、実は未亡人になったハンネローレが結構心配らしく、お城の行事にはこのコンディトライのお菓子を注文して下さったり晩餐会にはハンネローレをデザート担当として呼び出したり、なによりもお城の庭園の食用にできる特別の薔薇の花を庭師に収穫させてハンネローレに毎年分けて下さったりしているのです。
ハンネローレが毎年、それを使って薔薇砂糖、薔薇蒸留酒、薔薇砂糖、薔薇砂糖煮凝りなどを手作りしているっていうお話は先程しましたよね。
…えっ?
何度も説明がしつこい?
いいのです!
うちの店の誇りなのですから!
“ist mir doch egal..SchnurreSchnurre Miaaau.”
ローゼマリーは、二人の話している内容に興味はありましたが、その場で立ち聞きするわけにも流石にいかないので給仕が終わると挨拶をしてから居間を出て、また地上階にある台所へと戻って行きました。
一方、Klaraの方はというと台所で Lumbe unn Floehを、お腹いっぱいになるまで食べた後でテーブルの下の隅で、その様子を伺っていた私に気が付き自分の Der Chignon飾っていた白いレース飾りを外すと、私の鼻先でそれをヒラヒラとさせていました。
ああ、なんということでしょう。
猫の猫たる習性として、そんな事をされると無関心ではいられません。
誘惑に弱い私はテーブルの下から、のこのこと這いだし、そしてそれを待ち構えていた Klaraの腕の中に囚われてしまいました。
Klaraは、私の髭を弾いた後で、首の下を執拗に撫でてきます。
もちろん、そんなことをされてしまったらたまりません。
気持ちよくって喉を鳴らしてしまいます。
全く、初対面の人間にそう簡単に懐くような軽い猫だと思ってもらっては困るのです!
“Ist mir doch egal. Schnurre Schnurre Miaaau.”
「あら、Klara! Raniと、すっかり仲良しになったのね」
上の階から螺旋階段を降りてきて、台所に入ってきたローゼマリーが、クラアーラの腕の中でジタバタしている私を見て嬉しそうに言いました。
「この猫、Raniっていうの?ずいぶん、大人しい猫なのね」
「もう、おばあちゃん猫なのよ」
なんですって?おばあちゃん猫なんて、失礼千万です…。
でもまあ、そんな会話の後で二人の少女は Der Am-Mainkranzを、それぞれに美味しそうに頬張りながらしばらくの間、話を弾ませていました。
私、ラニイはクラアーラの膝の上でそんな二人の話をじっと聞いていましたが、それによるとクラアーラは両親を早くに亡くして親切な叔父夫婦に引き取られて従妹達と一緒に暮らしてきたけれど、弟の Sebastianが去年郵便省に就職してこの町に赴任してきたのをきっかけに自分もこの町で弟と共に自立して生活する事を決めて、今年の始めにお城へ就職してきたらしく、今は弟の Sebastianは官房塔の中の郵便省の官舎で生活しており、そしてクラアーラ自身は、お城の屋根裏階の召使専用の部屋に住んでいて弟の住んでいる官房塔と自分の住んでいるお城は直ぐ近くなので、休みの日には弟と一緒に市場に行く事ができて今の生活はなかなかに満ち足りているということでした。
ローゼマリーは、自分も両親が早くに亡くなり叔母であるハンネローレと、一緒に店をやっている自分の境遇に近いものをクラアーラに感じて、随分彼女に親近感を抱いたようです。
そうこうしているうちに二人の話は将来の夢になったようですよ。
まあ、若い年頃の綺麗な二人の娘が語る将来の夢なんて決まってはいますけど…。
「そうね、やっぱり Die Myrtenkranz für Hochzeitenは被りたいわね。だから、その時の為に花嫁のレースのベールも編んでいるのよ。私、レース編みは得意なの!ほら、さっきまで頭に付けていたこのレース飾りも自分で作ったのよ」
なんてクラアーラが私を誘き出す為に一旦、外した頭のレース飾りをポケットから取り出して机の上に置き、ローゼマリーに見せながら得意気に言っています。
「まあ、すごいわね。レース編みが得意なんて尊敬するわ。おまけに将来の結婚式のベールを、今から自分自身で編んでいるの?そのベールは、きっと貴女の濃い栗色の髪には映えて、とても綺麗でしょうね。素敵、今度見せて!」
ローゼマリーが興味深そうに、クラアーラのレースの髪飾りを見つめながら答えました。
「いいわよ。でも、貴女だって結婚式の銀盃花の花冠には憧れているじゃない?ローゼマリー?」
口にピンを咥えてクラアーラは再びレースの髪飾りを後ろで纏めた髪に取り付けながら、ローゼマリーにそう尋ねます。
「もちろんよ。結婚式の銀盃花の花冠は女の子すべての憧れだわ!私は、自分の結婚式のレースのベールとウエディングドレスは母の物を使わせてもらう予定なの。でも、まだ相手がいないわ。クラアーラあなたには、もう決まったお相手がいるの?」
ローゼマリーは少し、はにかんだ表情でクラアーラに向かって言いました。
「残念ながらいないわ。でも、巡り会った後でベールを編み出したのじゃ、遅いのよ」
クラアーラの、その答えを聞いてローゼマリーは少しだけホッとした顔をして、頷きながらコーヒーカップを口に近づけました。
「たしかに結婚式の銀盃花の花冠は憧れだわ!私はきっと教会で白いドレスと母の形見のレースのベールを着けて、それを被るのよ」
そして、そんな自分の言葉に夢見るように頬を赤らめながら天井を見つめていました。
…ただ、結婚式の銀盃花の花冠を被ってアンナの形見の長いレースのベールを付け白いドレスを着たローゼマリーが教会で結婚式を挙げるという点については、とっても残念な事に、この後の彼女の人生で叶わなかった部分なのですけどね。(おっと壮大なネタバレ!)
まあ、確かに Die Myrtenkranz für Hochzeitenを被ったローゼマリーの姿というのは一度でいいからこのラニイも見たかったものですよ。
“Ist mir doch egal. Schnurre Schnurre Miaaau.”
写真は私物(無断転載は禁止)
手前左側のケーキがフランクフルタークランツといって、ここでのアン・マイン・クランツのモデルになったケーキです。
【後書き】
参考引用文献
(十八)
Rosen a la carte
Die Delikatessen-Manufaktur
Layout NorbertHetkamp
Druck Hinckel Druck GmbH wertheim
Printed in Germany
ISBN-10:3-00-018711-1
ISBN-13:978-3-00-018711-7
(*10)参考引用文献(十八)P67~P73 P106より参照。
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